2学期最後の日。

2学期も今日まで。
先週とは一転して暖かな日である。
10時から終業式。
子どもたちが並んでいる。
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無事2学期を終えることが
できたな、と子どもたちの顔を見ながら安心する。
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運動会はどうしようか?
お店屋さんごっこは?
餅つきは?
とすべてが初事として取り組んできた。
保護者の協力がなければどれ一つとっても
できないことであった。
それだけに右往左往、試行錯誤の連続でもあった。

保護者や先生たちにずいぶん無理をさせたなと思う。
やりたい行事やしなければならない行事等が錯綜する中で
まず、「子どもたち」の笑顔が広がる行事でありたいとの気持ちだけ
で進んできたように思う。

さて終業式での園長先生のお話は
以下の通りである。

「友だちにあげたリンゴ」
むかしむかし、あるところに、四人の男の子を持つお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。
一番上の子どもの名前は太郎、二番目は次郎、三番目は三郎、四番目は四郎といいました。
ある時、お百姓さんが町へ行くと、とても大きなリンゴが売っていました。
とてもめずらしかったので、子どもたちのおみやげに七つ買って帰りました。
太郎と次郎と三郎は、二つずつもらいました。
四郎はまだ小さいので、一つだけです。
さて次の晩、お百姓さんは子どもたちを集めて、リンゴのことを聞くことにしました。
まず、四郎にたずねました。
「四郎や、リンゴはどうした?」
すると四郎は、ニッコリ笑い、
「みんな食べちゃった。おいしかったよ」
と、言いました。
その言い方がとてもかわいかったので、みんなはどっと笑いました。
「では、太郎はどうした?」
「リンゴのタネをとって、リンゴの木をつくるよ」
「なるほど、お前はわしのあとをついで、りっぱなお百姓になれるぞ」
お父さんはよろこんで、太郎をほめました。
「次郎は、どうした?」
「友だちに見せて、売ってやったよ。すごくもうかった」
「売ってしまっただと。お前はなんてよくばりだ」
お百姓さんは、ガッカリです。
「ところで、三郎はどうした?」
「・・・・・・」
おとなしくて気の弱い三郎は、何も言いません。
それでも、お百姓さんが何度もたずねるので、
「みんな、あげちゃった」
と、言いました。
「なに、あげてしまっただと? せっかくおみやげに買ってきてやったのに。
いったい、だれにあげたんだ?」
お百姓さんが大きな声を出したので、三郎はいよいよなきそうな顔で言いました。
「友だちが病気でねていたので、持っていってあげたんだよ。
でも、もったいないと食べてくれないので、まくらもとへおいてきた」
「よくやった! えらいぞ、三郎」
お百姓さんは思わず三郎をだきよせて、頭をなでました。
それから、兄弟たちに向かって言いました。
「太郎もりっぱだが、みんな、三郎のようなやさしい心をわすれてはいけないよ」


子どもたちに尋ねる。
「意地悪したことがある人?」
2人、3人?
手を挙げている子は、意地悪じゃないけれどな。
「意地悪をされたことがある人?」
たくさん手が上がる。あげない子は2人、3人?

さて、これはどうしたことだろう。

お母さん方は、子どものことで一喜一憂しているかもしれない。
毎日子どもの話すことや、園に行ったときに見る姿から気にかかることが
たくさんでてくるだろう。

子どものことで喜んだり悲しんだりするのは当たり前だけど
もう少し大きな目で見守ることも必要であろう。
そのためにも親同士が仲良くなることが大切である。
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子どもたちは、子どもの中で成長している。
子どもの中で学んでいる。
子どもの中で間違いを正している。

集団だからこそ学べるものがある。
だからこそ、教師は集団を育てねばならない。
ただ、集団を構成している一人一人をどう育てていくか
と難しいものであるし、だからこそやりがいのある仕事である。
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さて、今日はクリスマス・イブ。
街は、若者で溢れかえっているのだろうか
by shin0710s | 2009-12-24 17:01 | Trackback

ダックス4匹の愛犬と猫1匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s