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白秋の黄昏

「ごんぎつね」を読む。

兵十はかけよってきました。うちの中を見ると、
土間にくりが固めて置いてあるのが、目につきました。
「おや。」
と、兵十はびっくりして、ごんに目を落としました。
「ごん、おまい(おまえ)だったのか、いつも、くりをくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
 兵十は、ひなわじゅうをばたりと取り落としました。
青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。


新美南吉の「ごんぎつね」の最後の場面である。
小学校の4年生国語の教材である。
この場面の兵十と「ごん」の出会いと別れを子どもたちと共に味わいたい、
そう思って力を込めて授業をしてきた。
それも1回や2回ではない。4年生の担任をするたびに子どもたちの
深い読み取りに感動しながらである。
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先日の天声人語である。

 去年の秋、朝日歌壇に二つの歌が並んでいた。
〈ごんぎつねも通ったはずの川堤(かわづつみ)燃えあがるようにヒガンバナ咲く〉中村桃子。
〈名にし負わば違(たが)わず咲きし彼岸花ごんぎつねの里真赤に染めて〉伊東紀美子。
どちらも愛知の方(かた)である
▼その愛知県半田市に、童話「ごんぎつね」などを書いた新美南吉の生家や記念館がある。
今年が生誕百年と聞いて訪ねてみた。朗読会や音楽祭といった多彩な催しが計画され、
地元は四季を通して華やぎそうだ
▼同時に没後70年でもあり、三十路(みそじ)に届かぬ夭折(ようせつ)が惜しい。
国民的童話といえる「ごんぎつね」は18歳のとき世に出た。
1956(昭和31)年から小学教科書に載り、教室で読んだ子は6千万人を超えるという
▼この短い一話が、どれほどの幼い心に、やさしさや哀(かな)しさをそっと沈めてきたか。
その広がりには大文豪もかなうまい。
「ごん」に限らず、人生の初期に出会うすぐれた読み物には、
たましいの故郷のような懐かしさが消え去らない
▼記念館の学芸員遠山光嗣さんによれば、「ごん」の結末はなぜ悲しいの?という質問が時々あるそうだ。
わかり合えないことやすれ違いがどうしようもなくあることを、南吉は言いたかったのでは、
と答えることにしているという
▼近年は、母子(ははこ)の狐(きつね)の「手袋を買いに」も「ごん」にならぶ人気があるそうだ。
〈里にいでて手袋買ひし子狐の童話のあはれ雪降るゆふべ〉
と皇后さまは詠まれている。
南吉は古びることなく、人の心を洗い、ふくらます。

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by shin0710s | 2013-02-08 16:59 | 読書 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。