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白秋の黄昏

2017年 02月 26日 ( 1 )

豊前街道南関御茶屋跡へ。

阿蘇内牧の的石の茶屋は、細川家の参勤交代時の茶店として有名である。
ところが、南関に御茶屋跡がある。
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細川家の参勤交代時の御茶屋である。
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屋根瓦には細川家の紋がある。
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確か阿蘇から大分に抜けていたと思っていた。そこで調べてみると、

細川家の参勤交代は、熊本藩主は豊後街道阿蘇大分経由)を通ることが通例であったが
元禄年間からは豊前街道も利用している。
元禄元年(1688)から文久3年(1863)までの参勤交代では豊前街道は参勤47回、帰国14回、
豊後街道は参勤27回、帰国63回が利用されている。
このように豊前街道は参勤に多く用いられ、帰国には圧倒的に豊後街道が用いられていた。
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南関御茶屋(御客屋)は、嘉永3年(1850)8月に起工して、嘉永5年(1852)正月頃に完成したもので、藩主が参勤交代する時や領内巡視の際に休憩、宿泊していたものです。古文書によると、それまでの御客屋(南関町公民館付近)が古く狭い上に間取りが悪く、藩主休泊の時に混雑するという理由で現在の地に建て替えが行われました。財源の一部には富講の売上金が充てられました。 建物は、南北に長い造りで、北から御居間、御次の間、三の間と配されており、屋根には細川家の九曜紋をあしらった鬼瓦や軒瓦が葺かれております。居間の正面から南関冨士とも言われる大間山が見えます。通常御茶屋と御客屋は別々に存在しておりますが、南関の場合はひとつの建物を御茶屋とも御客屋とも呼んでいたようです。(豊前街道を行く)より

今、御茶屋では、雛飾りがされている。
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寄付をしていただいたので、この雛祭りの時期に飾るそうである。
柳川、八女に近いので、「ぼんぼり」や「箱びな」が飾られにぎやかである。




by shin0710s | 2017-02-26 22:44 | 建物 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。