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白秋の黄昏

カテゴリ:建物( 97 )

台風一過。

青空が広がる。
さわやかな風がそよいでいる。
久しぶりに西港に出かける。
青空にきっと洋館が映えるはず。



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連休最後の日のためかにぎわっている。



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日差しはまだ強いものの秋風が心地よく流れている。



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コーヒーを飲みながらこの心地よさを味わうのは
この季節ならではかもしれない。



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by shin0710s | 2017-09-18 20:35 | 建物 | Trackback

熊本城へ。

山や海をやめて街中へ。
猛暑の日々なのできっと山も海も混雑しているに違いない。
ならば街中が人が少ないに違いない。
そこで、熊本城へ。

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熊本地震で大きな被害に遭った熊本城である。
その後の復旧工事もまだ緒に就いたばかり。
長塀は撤去されている。
天守閣等の工事はまだまだである。


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監物台樹木園から眺めると石垣の崩れた後に雑草が生えてきている。
何とも寂しいものである。


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伝統工芸館からは壊れていない石垣を見ることができる。


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熊本城を一周したけれど暑かった。
汗が止まらなく上着がびちょびちょである。

パパさん、どこに行っていたの。
私たち寂しかったよ。


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by shin0710s | 2017-08-12 20:10 | 建物 | Trackback

懸魚?

晴天。気持ちのいい日である。
部屋から本堂の屋根が見える。
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屋根の合わさったところにある飾りを「懸魚(げぎょ)」というらしい。


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調べてみると、

建築装飾の一つ。中国や日本の建築で,破風 (はふ) の下部内側またはその左右に六葉といわれる
金属製や木製の栓で取付け,棟木や桁の先を隠すための飾り板。
形により梅鉢懸魚,猪目 (いのめ) 懸魚,かぶら懸魚,三花懸魚などの種類がある。
当初魚をつるしたような形であったのでこの名がある。

天草市の明徳寺の懸魚

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懸魚は、火に弱い木造寺院を火災から守るため、水に縁のある魚の形をした飾りを
屋根に懸けて火除けのまじないとしたのが始まりと考えられます。
魚の身代わりを屋根に懸けることが「水をかける」という意味にも通じています。
これが魚に由来する呼び名の語源です。


有田の報恩寺の懸魚

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有田町の八坂神社。


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蓮華院誕生寺山門の懸魚。

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今まで何となく眺めていたが、改めてみてみると
その意匠がすばらしい。
お寺を訪ねるとき、この懸魚に目を向けてみよう。

by shin0710s | 2017-05-17 19:43 | 建物 | Trackback

役に立つ物があったら、是非!

「倉を取り壊しますので、役に立つ物があったら使ってください」
との申し出が教育委員会にあった。
昨年の熊本地震によるほぼ全壊の持ち主からである。
農家であり、農作業の道具や養蚕の道具が倉においてあったそうである。
やっと取り壊しのめどが立ったそうである。
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古い家屋なので地震の影響がもろに出ている。
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用心しながら二階の登る。
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会席膳や大きな長持ちがある。
また、養蚕の大きな桑の葉を入れる籠がある。
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戦前戦後の農業の歴史がこの倉にある。
是非活用したい。
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by shin0710s | 2017-04-07 19:10 | 建物 | Trackback

文化財の現状(2)

担当の乙女校区には、村の人々が大事に伝え保存してきたお宮や石碑等がある。
船津山口にある山上神社(山の神)を祭ってある。
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そして世持には、天神社や妙見社がある。
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妙見社の祭神は、タカミムスビの神。
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どんな神様かよくわからない。
また地震で崩れてしまっている地蔵堂もある。
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さて、地震の時我が家のワン公はどうしていたかな?
全員固まっていたように記憶するがどうだったかな。
ジャスミン、どうしていた?
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by shin0710s | 2017-03-02 20:18 | 建物 | Trackback

豊前街道南関御茶屋跡へ。

阿蘇内牧の的石の茶屋は、細川家の参勤交代時の茶店として有名である。
ところが、南関に御茶屋跡がある。
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細川家の参勤交代時の御茶屋である。
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屋根瓦には細川家の紋がある。
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確か阿蘇から大分に抜けていたと思っていた。そこで調べてみると、

細川家の参勤交代は、熊本藩主は豊後街道阿蘇大分経由)を通ることが通例であったが
元禄年間からは豊前街道も利用している。
元禄元年(1688)から文久3年(1863)までの参勤交代では豊前街道は参勤47回、帰国14回、
豊後街道は参勤27回、帰国63回が利用されている。
このように豊前街道は参勤に多く用いられ、帰国には圧倒的に豊後街道が用いられていた。
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南関御茶屋(御客屋)は、嘉永3年(1850)8月に起工して、嘉永5年(1852)正月頃に完成したもので、藩主が参勤交代する時や領内巡視の際に休憩、宿泊していたものです。古文書によると、それまでの御客屋(南関町公民館付近)が古く狭い上に間取りが悪く、藩主休泊の時に混雑するという理由で現在の地に建て替えが行われました。財源の一部には富講の売上金が充てられました。 建物は、南北に長い造りで、北から御居間、御次の間、三の間と配されており、屋根には細川家の九曜紋をあしらった鬼瓦や軒瓦が葺かれております。居間の正面から南関冨士とも言われる大間山が見えます。通常御茶屋と御客屋は別々に存在しておりますが、南関の場合はひとつの建物を御茶屋とも御客屋とも呼んでいたようです。(豊前街道を行く)より

今、御茶屋では、雛飾りがされている。
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寄付をしていただいたので、この雛祭りの時期に飾るそうである。
柳川、八女に近いので、「ぼんぼり」や「箱びな」が飾られにぎやかである。




by shin0710s | 2017-02-26 22:44 | 建物 | Trackback

手取教会へ。

学生時代から気になる建物があった。
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カソリック手取教会である。

今日は、晴天久しぶりに熊本市の鶴やホールに出かける。
デッサンの作品展である。
ところで鶴やから見える建物がある。
それがこの手取天主堂である。昭和3年にできている。
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建築家は鉄川与助の最初のコンクリート造りである。
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八角形のドームで小さい天主堂で、内部は広く高くて花柄をあしらった内部装飾が美しい。
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内部の写真は借用したものである。
一度中に入りその装飾を見てみたい。

by shin0710s | 2017-02-02 21:27 | 建物 | Trackback

四方仏を訪ねて

暖かい日射し。
ちょこっと今日も外へ。
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さて今日はどこに?
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上豊内へ。気にかかっていた五輪の塔である。
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五輪塔は下から四角(六面体)・丸(球)・三角(四角錐または三角錐)・半丸(半球)・上の尖った丸(宝珠型)
または尖っていない団子型(団形)を積み上げた形に作られる。
地輪は黄、水輪は白、火輪は赤、風輪は黒、そして空輪は全ての色を含む。
製作された時代・時期、用途よって形態が変化するのが特徴である。

だそうである。五輪の塔と並んで四方仏がある。
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四方仏とは、
仏教では四方仏といって、東西南北の仏国土(仏の国)にそれぞれ一人づつ如来がいると考えられている。
西:阿弥陀如来  南:釈迦如来 北:弥勒仏 東:阿閦如来(薬師如来)
らしいけど自信はない。
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今でこそこの地域は農村そのものの風景であるが、
甲佐町史には、「豊内地区は「忘れられた城下町」か」,と記されている。
地名として法念寺,本丸、味噌倉等の地名が伝えられている。
この地域から大正時代の森林鉄道工事に際して
おびただしい五輪塔等の石像物が発見されている。
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なかなか興味深い四方仏であり五輪塔である。

by shin0710s | 2017-01-31 22:39 | 建物 | Trackback

塚原古墳公園へ。

晴天。
暖かな陽射しに今日も誘われ「マーサ」をつれて
塚原古墳公園に出かける。
久しぶりのマーサである。
阿蘇の高岳、俵山、久住山等の山に登ったマーサであるが、
交通事故に遭って以来すっかり年老いてしまっている。
今日はどうかな?
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気持ちよさそうに歩く。
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塚原古墳公園は、国指定史跡「塚原古墳群」を中心に整備された公園で、
歴史民俗資料館も併設されている。
国指定史跡であるこの古墳群には、約500基にものぼる前方後円墳や方形周溝墓、円墳がある。

花見塚古墳は前方後円墳。
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登ると全体を見回すことができる。
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遠く甲佐岳が見える。
マーサは元気である。円墳の頂上まで登ることができた。
まだ大丈夫。
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by shin0710s | 2017-01-26 21:36 | 建物 | Trackback

記念碑

昨年松ノ本共同墓地に出かけたとき
気にかかる記念碑が二基あった。
今日は天気がいいので改めて出かける。
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音頭司 松本新兵衛之
と彫られている。
そして背面には明治三十年と。
寄進者の名前もある。
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地域の長老の話によると、この方は熊本城石垣を作るときの頭領だったらしい。
そしてその遺徳を偲んで明治時代に建立されたと。
本町の人だけではなく近くの町の人名もある。
もう少し詳しく調べてみたい。

その横に名号を彫った碑がある。
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共同墓地にしたとき、古そうな碑だったので
そのまま残したそうである。
詳しく読み取れない。
拓本をとるしかないのかもしれない。

チョコマミーをしばらく遊ばせる。
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by shin0710s | 2017-01-06 17:32 | 建物 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。