カテゴリ:寺( 162 )

雲巌禅寺(うんがんぜんじ)へ。

晴天。清々しい気候である。
山の若葉が生命力あふれている。

雲巌禅寺(うんがんぜんじ)へ。
岩戸公園からお寺への道はモミジ若葉の道となっている。
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雲巌禅寺(うんがんぜんじ)は、熊本県熊本市西区松尾町平山にある曹洞宗の寺院。
山号は宝華山または岩殿山。
通称は岩戸観音。
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これは、境内奥の院の洞窟・霊巌洞に安置された本尊・石体四面の馬頭観音像にちなむ。
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きょうは羅漢様も気持ちよさそうである。
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更に歩いて霊巌洞へ。

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モミジの透き通った美しさもまた今日の収穫であった。
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by shin0710s | 2017-04-23 21:01 | | Trackback

どっこいしょの日々。

モンシロチョウがツツジの間を飛び回っている。
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本日は、晴天に恵まれている。
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境内の紅葉や梅が新緑の若葉を次々に広げている。
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古稀を迎える年になるとひとつひとつの動きがスムースでなく、ギクシャクした動きになる。
一つの動作から次の動作に移るには「ため」が必要になる。「ため」をつくり、
かけ声とともに動きを変える。
「よいしょ」あるいは「どっこいしょ」のかけ声出すことによって次の動きとなる。
当然ゆっくりとした動作になる。気持ちが急いていてもこのかけ声が必要になる。
これが年を取るということであろう。

「どっこいしょ」は、六根清浄がなまって生まれた言葉という説がある。
眼耳鼻舌身意の六根であるが、五感プラス第六感が清浄であるならば
日々新たな喜びが生まれることであろう。
六根を研ぎ澄まし感動ある日々にしていきたいものである。

ショウをレンゲ畑に連れて行く。
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きっとレンゲの新鮮な薫りを味わうことだろう。
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by shin0710s | 2017-04-22 20:50 | | Trackback

お寺のお葬式

隣のお寺の前坊守のお葬式が本日行われた。
葬儀は亡き人に永遠の別れを告げるという儀礼ではなく、縁ある人々が集い故人を偲んで読経念仏を通して尊い仏縁にである大切な場である。
故人を偲びつつ人生における生と死の問題に目を背けることなく向かい合うご縁の場である。
伯母は亡くなった母と同じ大正14年生まれである。
大正、昭和、平成を生き抜きこのお寺を守ってきておられる。
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92歳。
前住職が父の弟になる。

内陣は葬儀の準備が整えられている。
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そして導師入堂。
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本山からの院号の達書が届く。益南組長より住職へ渡される。
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葬儀委員長の弔辞。
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読経と共に焼香。葬儀委員長と住職の焼香。
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焼香が続く。

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境内に設けられた焼香所では門信徒の方々が焼香。
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多くの方々が参列しておられる。
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葬儀委員長である門信徒会長の謝辞。
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続いて住職。母親の死を仏道を歩む者としての受け止めを参列者に語っていく。
その言葉は私を含めてそれぞれに受けとめて行かねばならない。


by shin0710s | 2017-04-20 18:09 | | Trackback

向陽山 明徳寺(みょうとくじ)

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公園の猫に送られてすぐ近くの明徳寺へ。
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天草島原の乱後、天草の民心を安定させるためとキリスト教からの改宗を目的として、
正保元(1644)年、初代代官・鈴木重成が建立した。開山は山口の瑠璃光寺の禅師・中華珪法(ちゅうかけいほう)。
http://yumeko2.otemo-yan.net/e473097.html
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山門がすばらしい。
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山門は、享保2(1714)年 三世丹州寿鶴の時に建てられ、文化5(1808)年 
十世大容素海の時に再建されている。天草にある山門の中でも、最もすぐれたものである。(現地案内板より)
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仁王様が迎えてくれる。
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山門の脇にはお稲荷様。
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墓地に向かう坂道にはお地蔵様それとも観音様?
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さて、次はどこに?
何はともあれ食事に向かう。

by shin0710s | 2017-04-15 10:21 | | Trackback

仏教婦人会総会並び物故者追弔会

鐘楼に仏教旗が翻っている。
本日は、正法寺仏教婦人会総会そして物故者追弔会。
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勤行、そして総会。
会長さんのあいさつ。
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22名の方々が亡くなられている。
小さなお寺なので、十年くらい前までは、5~6名であった。
高齢化社会の一つの姿であろうか。
住職のあいさつ。
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仏教婦人会綱領朗読。
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休憩を挟んで、講演にうつる。
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赤星英文師。父の長兄の四男である。
私より8歳上。
父の長兄は、開教師だったので戦前アメリカに住んでいた。
そこで6人の子どもたちは生まれている。
戦争中は、敵性人というので収容所生活を送ったそうである。
戦後、ここ正法寺に帰ってきている。
英文師は、本町の中学校に通っている。

その後再びアメリカに開教師として渡って高校、大学を卒業。
卒業後、龍谷大学大学院に留学。得度して日本での生活を送っている。

中学までの日本の学習なので余り難しい漢字は得意でないと。
それでも人柄がにじみ出るお話であった。
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お説教の後孫娘と一緒に恩徳讃を唱和。
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ごく最近、奥様を亡くされており、今回は、娘、孫娘と一緒の帰省である。
いつもは高度な翻訳の仕事をしておられる。

子どもの頃一緒に過ごした時期があった。
憎たらしい従姉妹であった。考えれば、幼い私の相手をしてくれていたのだろう。ありがたい事である。
15人の家族が押し合いへし合いしていた。戦後の厳しい時代のことである。

ちなみに今日のお斎きである。
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by shin0710s | 2017-03-05 18:46 | | Trackback

叔父の13回忌法要をつとめる。

春の光が降り注いでいる。
境内の紅白梅の花は今が満開である。
まばゆいばかりの朝日が改修を終えた本堂屋根に降り注ぐ。
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本日は、釋静水13回忌法要をつとめる。
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私の父とは確か11歳の違いであった。そして父の長兄とは22歳の差があった。
健在ならば89歳である。
法名、俗名共に静水である。叔父がその名前について話をしてくれた。
祖母の名前がシズ。だからそこからとったらしいと。
仕事をしているとき名刺を渡すと「お茶の師匠さんですか?」とよく言われたと。
名前をすぐ覚えて貰ったそうである。
父の男兄弟は、眞月、眞光、英了そして静水。眞照,法眞、慧眞は私たちの法名であり俗名である。

焼香をしながら叔父のことを思い出す。
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祖母にとって年取っての子どもであり、とっても可愛がっていたらしい。
特に3人の兄は、軍人として戦争に行っていたのでお寺の跡取りとして祖父からは厳しく、祖母から
愛情いっぱいに育てられたそうである。

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静水叔父は,体は大きい方ではなかった。
しかし旧制の小中学校時代は、とにかく喧嘩が強かったそうである。
喧嘩が始まると「静水さーん」と大きな声で呼ばれていたと。
これは、叔父の同級生や下級生だった人から聞いた話である。
人望があったのだろう、上京した後も折に触れて帰郷し、友達と交流を深めていた叔父である。

叔母の嫁いだお寺で月忌等の手伝いをしていた時代もあったらしい。
そして近くの青年たちとすぐに仲良くなっていたそうである。
また私が東京に修学旅行に行ったとき夜の町を案内してくれたこともあった。
次々に叔父のことを思い出す。
そしてあのにこやかな叔父の顔が、廊下からひょいと出てくるような気がする。
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本日は、春らしい暖かな日であった。
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by shin0710s | 2017-02-19 21:13 | | Trackback

本堂修理終わる。

1月28日から始まった本堂の屋根修理が今日終わる。
3週間ほどの仕事であった。
特に寒さ厳しい日々が続いていたので屋根職人さんは大変なくろうだったろう。
今日は暖かな日であった。
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今日は二人。
昼食時間にお話をする。
宮大工ならぬ宮屋根職人さんである。
若い職人さんはまだ見習いだという。この世界には行って1年目で19歳。
ほとんどしゃべらない。こうして話をすることも職人さんにとっては勉強かも。
そして指導しているのは一番脂ののりきった四十歳前後の職人さん。
小学生の子どもが二人いるという。
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この世界に入った理由がふるっている。
16歳の時だったという。
「ジョイフル」でたむろしているとき親方から声を掛けられたそうである。
そのやりとりそしてその後の職人としての修行については深く
たずねることはできなかったけれど、きっとやんちゃな子どもだったのであろう。
とてもいい体格であり、仕事に対する誇りと情熱が感じられる。
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ここに来るまでは、日奈久の金波楼で仕事をしていたそうである。
ここが終わったら山口県に行くことになると。
お寺の屋根あるいは破風造りの修理をされているのだろう。
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家に帰るとワン公は…
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お休み中。

by shin0710s | 2017-02-13 17:42 | | Trackback

屋根工事続く。

本堂の屋根修理が続いている。
今日は反対側の瓦修理。
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3人の職人さんが終日屋根の上で働いている。
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地道な仕事である。
暑い日も寒い日も冷たい風の日も屋根の上で働いている。
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もうしばらく続く。
今日は土曜日。休日返上での仕事である。
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by shin0710s | 2017-02-04 16:53 | | Trackback

春を思わせる一日。

暖かな南風。
春を思わせる時間が流れる。
コンクリートが暖まる。
ゴロゴロうごめいているのは?
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瞳孔が閉じている。ルランである。
すっかり無防備な姿。この姿はあんまり?
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今日も本堂の屋根の修理が続く。
昨日雨が降って滑りやすくなっているだろう。
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職人さんはプロである。
プロのすごさを感じる。
あの屋根の上で仕事を淡々と続けている。
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by shin0710s | 2017-01-30 19:27 | | Trackback

本堂の屋根修理始まる。

今日は、3月並の暖かさ。
境内の白梅はどうかな?
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2月の声を待っているようである。
まだつぼみが開くには暖かさが足りないのかな。

今日から本堂の屋根瓦修理が始まる。
まずは、地震でずれた瓦の修理から。
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お寺専門の職人さんとはいえ屋根の勾配は厳しい。
棟に近づくにつれて垂直になっている。
一度登って本当に怖い思いをした。
二度と登らないと決心した子どもの頃を思い出す。
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怖くては仕事にならないのかもしれないが、たいしたものである。
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by shin0710s | 2017-01-28 20:15 | | Trackback