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白秋の黄昏

<   2017年 02月 ( 26 )   > この月の画像一覧

M.ダックスマーサの春。

暖かな日射し。
すっかり年老いたマーサを外に連れて行く。
後ろ足に力が入らないので階段や坂のある道は苦手である。
今日は、家の周りを少し歩く。
気持ちのいい風。
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マーサの足下には小さな春の花が咲いている。
ホトケノザが咲いている。
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和名はコオニタビラコ。
そしてタンポポ。
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シロバナタンポポである。
もちろんオオイヌノフグリもあちこちのあぜ道に咲いている。
マーサは表情も変えることなく散歩を楽しむ。
あぜ道には今からいろいろな雑草が花をつける。
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芽吹きの季節なのである。
マーサは、もう山に登ることはできない。
それでも外を歩くことは大好きである。力の入らない右後ろ足を器用に使いながら、
駆け足で歩く。
そんな姿に心配したのかルランが寄ってくる。
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気温は、13度。心地よい風。かすかな薫風である。
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by shin0710s | 2017-02-28 15:20 | ワン公 | Trackback

文化財の現状は?

本日は町文化財保護委員会議。
午前中は会議と民俗資料館の整理。
午後からは、私の担当する乙女校区の文化財現状調査を行う。
地震で倒れたり、壊れたりした文化財が多い。
その後どのようになっているかの調査である。
最初に訪れたのは船津の六地蔵。
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六地蔵塔とは。
主に戦国時代に盛んに造られた石塔で、側面に6体の地蔵像が彫られているという特徴がある。別名「笠塔婆」。灯籠型が多いが、それ以外の形の物もある。供養塔として街道に面して建てられた例が多い。九州に分布が集中している。
乙女地区の六地蔵塔は、享保十年前後に立てられているらしい。
次に南三箇の六地蔵塔へ。
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倒れていたが今月の21日にきちんともとのように再建されている。
この六地蔵は、
享保17年(1732)の建設で、構造は、六面六地蔵である。
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碑文によると建設者は部落の勇姿。長年の風雪に耐え、欠損も少なく
今回の地震で倒壊したものの現状復帰してあり、村の人の思いが伝わる。

ちなみに、町史によるとこの年の5月大洪水により緑川の堤防が大決壊。
収穫皆無。春から翌年の春にかけて大飢饉、餓死者山のごとし、糸田村も男女60人あまり餓死。
と記してある。

次が下田口の六地蔵である。これは、明治36年(1904)再建されたものである。
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そのほか数多くの文化財を見て回った。
地震の被害があったものの村の人たちが再建しておられる。
うれしいことである。




by shin0710s | 2017-02-27 19:26 | その他 | Trackback

豊前街道南関御茶屋跡へ。

阿蘇内牧の的石の茶屋は、細川家の参勤交代時の茶店として有名である。
ところが、南関に御茶屋跡がある。
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細川家の参勤交代時の御茶屋である。
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屋根瓦には細川家の紋がある。
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確か阿蘇から大分に抜けていたと思っていた。そこで調べてみると、

細川家の参勤交代は、熊本藩主は豊後街道阿蘇大分経由)を通ることが通例であったが
元禄年間からは豊前街道も利用している。
元禄元年(1688)から文久3年(1863)までの参勤交代では豊前街道は参勤47回、帰国14回、
豊後街道は参勤27回、帰国63回が利用されている。
このように豊前街道は参勤に多く用いられ、帰国には圧倒的に豊後街道が用いられていた。
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南関御茶屋(御客屋)は、嘉永3年(1850)8月に起工して、嘉永5年(1852)正月頃に完成したもので、藩主が参勤交代する時や領内巡視の際に休憩、宿泊していたものです。古文書によると、それまでの御客屋(南関町公民館付近)が古く狭い上に間取りが悪く、藩主休泊の時に混雑するという理由で現在の地に建て替えが行われました。財源の一部には富講の売上金が充てられました。 建物は、南北に長い造りで、北から御居間、御次の間、三の間と配されており、屋根には細川家の九曜紋をあしらった鬼瓦や軒瓦が葺かれております。居間の正面から南関冨士とも言われる大間山が見えます。通常御茶屋と御客屋は別々に存在しておりますが、南関の場合はひとつの建物を御茶屋とも御客屋とも呼んでいたようです。(豊前街道を行く)より

今、御茶屋では、雛飾りがされている。
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寄付をしていただいたので、この雛祭りの時期に飾るそうである。
柳川、八女に近いので、「ぼんぼり」や「箱びな」が飾られにぎやかである。




by shin0710s | 2017-02-26 22:44 | 建物 | Trackback

町バドミントン教室へ。

土曜日。本日は町教育委員会主催の
バドミントン教室。
小学校体育館へ。
講師は、県バドミントン協会から「工藤勇参」先生。
老若男女30人近くの参加となった。
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中央高校の生徒も参加して私たちに教えてくれる。
何はともあれ走ることから。
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久しぶりに体育館をいろいろな動作をしながら走る。無理はしないと言い聞かせながら
ついて回る。
さすがにバドミントン指導者としてトップクラスの先生である。
初心者を相手に丁寧にかつ意欲を持たせながらの練習である。
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ラケットをもったらすぐゲームをしたくなるのだが、基礎基本の大事さに
興味を持たせつつの練習である。
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午前9時から11時過ぎまで基本練習である。
そして高校生の模範試合を見る。
更に希望者に高校生との試合。
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11時半までの教室であったが、充実した時間となった。
この練習方法を生かしたいものである。


by shin0710s | 2017-02-25 15:19 | スポーツ | Trackback

チョコ太の肝試し

一番若く食欲旺盛なチョコ太。
とにかくダックスにしてはデカイ。
逞しく育てねば。
というので境内散策。
ここはどうだ?
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む、む、無理です。
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怖すぎます。
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ここなら簡単に降りられますよ。
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ここだってたやすいことです。
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ここはちょっと怖い。
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やっぱりへたれなワン公である。
不肖な子ほど可愛い?


by shin0710s | 2017-02-24 21:06 | ワン公 | Trackback

2月22日(水)。

午後からときおり雨。
カメラはお休み。
少し前の写真から。
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いつも外にいるので体がほっそりしてきた。
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暖かい日なら庭石でゴロゴロ。
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by shin0710s | 2017-02-22 20:20 | ねこ | Trackback

春の匂いがする。

ほっ まぶしいな
ほっ うれしいな
今日は晴天。ワン公にとってうれしい春の日。
お日様が春の薫りを地面に広げてくれる。
「パパさーん、見つけたよ」
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タンポポだよ。私が一番に見つけたんだよ。
え、どれどれ。
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このタンポポ俺のだぞー。
おいしそう。
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チョコ太、ミルだけにしよう。食べるのはもっと先にしようよ。
いっぱい咲いてくれるからね。

そうそう、もう春だね。
今日は、緑川の土手に花が咲いていたよ。
菜の花かな、カラシナかな?
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カラシナだったら食べたいな。美味しいだろうな。
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by shin0710s | 2017-02-21 20:24 | ワン公 | Trackback

ホシ(犯犬)に違いない。

何となくワン公の動きがおかしい。
どうしたんだ?
ん?
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眼鏡ケースがどうかした?
よく見ると所々へこんでいる。
開けてみるとメガネが!
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噛みつかれている。
一体誰だー。
最近買ったばかりだし、高価だったのに。
ここにいたのはジャスミンとチョコ太。
ジャスミンは知らない顔。
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歯を見せなさい。
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ジャスミンじゃないみたいだな。
とすれば、チョコ太こーい。
ぼ、ぼくじゃありませんって顔してるけど
その顔が何よりの証拠だ。
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ホシはお前だ。そうだろう?

by shin0710s | 2017-02-20 12:11 | ワン公 | Trackback

叔父の13回忌法要をつとめる。

春の光が降り注いでいる。
境内の紅白梅の花は今が満開である。
まばゆいばかりの朝日が改修を終えた本堂屋根に降り注ぐ。
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本日は、釋静水13回忌法要をつとめる。
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私の父とは確か11歳の違いであった。そして父の長兄とは22歳の差があった。
健在ならば89歳である。
法名、俗名共に静水である。叔父がその名前について話をしてくれた。
祖母の名前がシズ。だからそこからとったらしいと。
仕事をしているとき名刺を渡すと「お茶の師匠さんですか?」とよく言われたと。
名前をすぐ覚えて貰ったそうである。
父の男兄弟は、眞月、眞光、英了そして静水。眞照,法眞、慧眞は私たちの法名であり俗名である。

焼香をしながら叔父のことを思い出す。
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祖母にとって年取っての子どもであり、とっても可愛がっていたらしい。
特に3人の兄は、軍人として戦争に行っていたのでお寺の跡取りとして祖父からは厳しく、祖母から
愛情いっぱいに育てられたそうである。

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静水叔父は,体は大きい方ではなかった。
しかし旧制の小中学校時代は、とにかく喧嘩が強かったそうである。
喧嘩が始まると「静水さーん」と大きな声で呼ばれていたと。
これは、叔父の同級生や下級生だった人から聞いた話である。
人望があったのだろう、上京した後も折に触れて帰郷し、友達と交流を深めていた叔父である。

叔母の嫁いだお寺で月忌等の手伝いをしていた時代もあったらしい。
そして近くの青年たちとすぐに仲良くなっていたそうである。
また私が東京に修学旅行に行ったとき夜の町を案内してくれたこともあった。
次々に叔父のことを思い出す。
そしてあのにこやかな叔父の顔が、廊下からひょいと出てくるような気がする。
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本日は、春らしい暖かな日であった。
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by shin0710s | 2017-02-19 21:13 | | Trackback

あんずの丘へ

梅だよりに雛だより。
2月も中旬になると花の便りがあちこちから届く。
あんずの花もそろそろかな、そう思って出かける。
あんずの丘に登る。
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そして眺めるが、まだまだあんずの花はとおい。
3月の中旬頃か。
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3月の半ばになると花いっぱいになることだろう。
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ところでこんな大きな像があった。
以前来たときはなかったのに。
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「隈部親永」(くまべ・ちかなが ? ~ 1588)とは、戦国時代の武将で肥後国の国人。
赤星統家と争って隈部城を手に入れて阿蘇家に対抗するも、甲斐宗運に敗れる。
その後、島津氏と争い、豊臣秀吉の九州征伐により所領を安堵されるも、佐々成政の検地に反抗して蜂起する。
叛乱は肥後一国に波及し(肥後国人一揆)、叛乱の鎮圧には四国・九州の諸大名が動員され、
衆寡敵せず降伏した隈部親永は柳川城で自害した。

ちなみにこの像は
平成23年(2011年)に完成し、11月26日除幕式が行われた。
像の高さは5メートル、台座をあわせると10メートルで、本妙寺清正公像と並び県内最大級の武士像という。
by shin0710s | 2017-02-18 21:06 | | Trackback

ビーグル1匹、ダックス6匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。