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白秋の黄昏

寒さに負けるな、走れ、走れ

持久走大会へむけての練習が始まった。
低、中、高学年に分かれて学校前の道を走る。
走ることは、年齢を問わず健康のために
とてもよい。
特に小学生にとっては、心肺の鍛錬になる。
2時間目。高学年の子ども達が、冷たい風を受けて走る。
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肥満傾向の子どもにとっては、
この持久走が大の苦手である。
無理がないようにかつ少し負荷を与えて
の持久走となる。
本校の計画しているコースは、歩道であるが、
坂ありでとても起伏に富んでいる。
それに、土のにおいのする道である。
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ところで私はというと、どちらかというと走るのは好きである。
持久走大会では一緒に走ろうと思っているが、
家族からは、年寄りの冷や水にならぬようにと言われている。

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4時間目。3年・4年の子ども達が、顔を真っ赤にして
半袖、短パンの体操服で走る。
「がんばれー、ファイト、ファイト」
と声をかける。
「ハッ、ハッ、ハッ、」
と弾む声が聞こえる。
ゴールし、ほっとした顔が並んでいる。
走った後の疲労感と充実感が子どもの顔に浮かんでいる。
今、こどもたちは、
努力すること、我慢すること等の耐性が欠けている
と言われる。
しかし、実際はそのような機会を与えていないのかもしれない。
子どもたちの一生懸命に走る姿は
とてもいい姿である。

明日から声かけだけでなく、私も走ろう。
問題は、後の回復力であるが。

今日の給食である。
○まるパン  ○メンチカツ
○野菜スープ ○大豆サラダ
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今日の給食は、パンにメンチカツと大豆サラダを挟んで
食べる。ハンバーガー風である。
野菜スープにパセリが入っている。
ちょっと苦手である。

体育を終えた子どもたち、盛んに
パクついている。
# by shin0710s | 2006-01-19 20:18 | Trackback

マイケル、君の名はリンタロウだって

家に帰ると、マイケルが飼い主のお母さんに抱かれている。
5歳くらいの男の子も喜んで飛び跳ねている。
マイケルも尻尾をプリプリ振って本当にうれしそう。

朝から町内に迷い犬の放送を流した。
本町には、有線放送があり、町の出来事や
町内の催し物の放送が行われている。

朝、昼、夕方らの3回流した。
その放送を聞いてうちの犬にちがいないと 
来られたところであった。
「あ、りんちゃん」
と喜びの声を上げ、マイケル改めリンタロウは
大喜び。

リンは緑川を挟んで我が家とは対岸の家に住んでいる。
我が家までは、大きな橋をこえ、
国道を横断してこなければならない。
よくぞ、事故に遭わずに来たものである。

ところで、私としては、娘達と密かに家で飼うことにしよう、
と不埒な考えを持っていたのだが。
デカかったが、人なつこい、愛嬌のあるリンであった。
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今日は、きっと楽しい夢を見ながら
安心して眠ることだろう。
# by shin0710s | 2006-01-18 23:12 | Trackback

美しい村は、安全な村から

朝から、雨が降っている。
子ども達も所在なげ。
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朝10時。来客。
「すこしお話を聞かせてください。」
とお二人が校長室に来られた。
本校区の福祉推進員さんである。
「今、子ども達を取り巻く状況はどうなのですか?」
「本校の取組は、どうなっているのですか?」
そこで、本校では、シャトルバスで通学していること。
また、一斉下校を毎日しており、徒歩通学の子のために
職員が下校時間に合わせてパトロールをしていることをお話しする。

ただ、子どもの安全は百点を取れるように努めなければならない、
九十九点でも十分ではない、
一点の不備のため子どもの安全が脅かされてはならないと、
お話をする。

「実は、」
と、こうして伺ったのは、子ども達の安全のために
何かできることはないかと思ったというのである。
「美しき村は、安心して暮らせる村であり、安全な村である」
といわれる。各地域ごと福祉推進員がおり、全部で11人。
何かできることはないだろうか?と。

その申し出喜んでお受けする。
下校時間に合わせて私たちにできることがしたい、と熱心に話される。
地域の子どもは地域で守る。それがあってこそ、「美しき村」というのであるとも。

本校区は、本当に自然に恵まれた地域である。
自然の美しさを守るには、人々の力が必要なのである。
そのままにしておいては、荒れ果ててしまう。
手つかずの自然は荒野とほとんどがなってしまう。

常に、美しき村は、人々の手が入っているのである。
それは、濃厚な人間関係の中でつくられてきた。
しかしその人間関係が少しずつ崩れてきているのは確かである。
そのように思っていただけに、この申し出はうれしいことであった。
しっかりお礼を言って見送る。

さて本日の給食
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○麦ご飯 ○牛乳
○おでん
○野菜の鰹和え 

おでんの中には、
厚揚げ、竹輪、がんもどき 里芋、大根、こんにゃく、とりにく。

今日は、和食である。最近このような給食がとてもおいしい。
そう思えるようになった。きっと身体の要求が淡泊になったのだろう。

給食といえば、初任の頃を思い出す。
給食指導もきちんとできなかったこともあるが、
1年間、悲しい給食の時間であった。

給食は、給食当番が準備する。
パン、おかず、牛乳、サラダ等を皿につぎ
それを児童が一人一人取りに来る。
いわゆる食堂のセルフ方式である。

当番の分は、班の子が取りに来る。
じゃあ、先生の分は?

初任の時、何も言わなかったら先生の分は、最後。
食缶の底を音を立てて、かすりあげる。
はい、先生のおかずの出来上がり。
何かステンレスの破片が入っていそうで。
特に子ども達の好きな、カレーとか、スパゲッティの時は悲惨であった。
スパゲッティの時、屑になった麺がちょこっと皿の上に載っている。
スパゲッティやカレーは大好きなのに。

「先生のためのおかずは一番につぎなさい」
というのは、食べ物に卑しい気がして1年間我慢した。
子ども達には、先生だから、年長だからはあまりない。
家庭では、子どもの食事が一番。大人があとの家庭が多い。
先生が後になっても何の違和感もないのである。
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食べ物の恨みは恐ろしい。次の年からは、まず、最初に
「先生の給食は、最初に準備しなさい。それも大盛りで」
その年の給食は、毎日が楽しみであった。
多すぎるな、と思うときは恩着せがましく、
「先生のおかず分けてあげるよ」
といっていた。
あまりいい担任ではなかった?
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こどもたちは今日一日を終えて帰る。
満足すべき一日であったろうか。
# by shin0710s | 2006-01-18 22:05 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス6匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。