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白秋の黄昏

考えない人?


めっきり秋らしくなった。
涼しさを通り越しつつある。
空が高い。青空である。
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少年事件が報じられるたびに
気にかかる言葉があった。「心の闇」と「心のケアー」
である。「ケータイを持ったサル」に続く正高信男著
「考えないヒト」を読み、著者の考えに頷くものが多い。
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「心」をどう定義するかはっきりさせないまま一人歩きしている。
事件が起きれば、「心の闇」が問題になり、その被害者等に対して
「心のケアー」が叫ばれる。
心理、精神の言葉でなく、どうして心なのか。
語呂合わせがいいので使われだしたのか。
教育現場においても、心のケアーが頻繁に出てくる。
そのような問題意識があっただけに、前著に続いて
一気に読み通すこととなった。

コミュニケーションが退化している若者の現象が
ケータイの絵文字であるという。

小学校の国語科の目標は、
国語を適切の表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高めるとともに、思考力や想像力及び言語感覚を養い、国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる。
と示している。

1年生の内容として
ァ 知らせたいことを選び、事柄の順序を考えながら、相手にわかるように話すこと。
イ 大事なことを落とさないようにしながら、興味を持って聞くこと。

そして、読むことについて
ウ 場面の様子などについて、想像を広げながら読むこと。
としている。この目標にそって、教科書を通して、子どもたちを指導している。

今日も、4年生の教室では、国語の「一つの花」の授業が行われていた。
主人公である「ゆみ子」が「一つだけちょうだい、一つだけちょうだい」と言ったことに対して、考えを叙述に即して広げていこうとするものであった。一生懸命に考えている子供たちである。

ケータイのメールには、絵文字が使われることが多い。特に若い世代には、絵文字の中に、単語がある、と言った状況である。
私たちは、言葉を通して生活している。また考えている。心の闇と衝動的な行動は似て非なるものであるどころか全く水と油の関係にある、と著者はいう。最近の少年時間の衝動的な犯罪には、心の闇は存在しないと断定している。

人間は、生物である。生物は自己の生存のために、瞬間瞬間に判断を下す。その即時的判断を一時的に停止し、「私はこう思っている」と自らの心中を再認しはじめたとき、人間は単なる生物から脱却したのだが、今や出発点に逆戻りしてきている。「一匹」の存在として暮らすものに、「心の闇」などありうるはずもないのである。(本書より)

せっかく、教育の場で、人と人とのつながりを作る取り組みがなされてきているのに、それに逆行しているケータイの存在である。国語教育の場でこれからの時代に生きる児童にとって、求められている中の一つに双方向の伝え合う能力である。そこには、異文化との交流も含めた今から出会うであろう未知の人とのつながりを意識したものである。
双方向の伝え合う能力とは、自分の思いや願いを相手に対して確かに伝えるだけでなく、相手の話を相手の立場に立って聞き取る能力や、よく理解しそれに対する意見や感想を持ち、共感したり自分の意見を述べたりできる能力のことである。

4年生の子どもたちは、ゆみ子の立場に立って、自分の言葉で表現しようとしている。
「一つだけちょうだい」とゆみ子が言ったのは、わがままである、とする子。いやこの時代の厳しい生活があったのだと文章に即して発言する子。これらの多くの意見を発表する中で、自分の考えを深めたり、改めたりしていく。一つ一つの言葉を大事にする授業が行われている。
読後感として、積み重ねてきた国語の授業は何だったのか。ケータイひとつに簡単に奪われる表層的な内容であったのかと、自問している。

今、学校教育に問われているものとして、この本はある。
# by shin0710s | 2005-10-17 19:52 | Trackback

秋の朝靄もいい

早朝外に出る。全体がぼーっと霧に包まれている。
朝日が鈍い光となって辺り一面を覆っている。
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見慣れた景色でありながら、異なる顔を見せてくれる
一時である。
渓眞亭の柿の木も少しずつ赤みを帯びてきている。
朝靄の中では、すべてが、乳白色で人の動きすら見えない。
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朝露の中の稲穂もいい。
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また朝露を含んだ草々の豊潤さもいい。
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学校への道から見える甲佐岳。
今日はいつもと違う姿を見せてくれた。
雲海に浮かぶ山並み。
こここそ故郷であると語っている。
# by shin0710s | 2005-10-17 06:58 | Trackback(3)

八勢目鑑橋へ(日向街道)

御船町から、旧七滝村の中心地である
上野小学校から少し下ったところに、八勢目鑑橋がある。
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日向街道は、(日向往還とも言われる)、熊本城から出発し、
御船町・矢部町・馬見原町を経由して、宮崎県までの道のりである。
当時はそれほど整備された道路ではなかった。
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現在、八勢目鑑橋は、整備され公園となっている。
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この橋は、江戸時代に日向街道の難所に御船の商人
「林田能寛」が安政2年(1855)3月、この橋を架設。
石工は種山の卯助と甚平の兄弟。
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多類の私財を投じてかけた橋である。
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阿蘇外輪山に続く高原の下、静かな渓谷に架かる県内でも有数の眼鏡橋。
小橋や水路橋を一体化して考えると、県内随一の規模と言える。
朝の光を受けて輝いている眼鏡橋である。
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人の往来があって、道ができ橋が架けられる。
そして更に、人々の行き来が盛んになる。
しかし、時は金なりとばかりに、より短くより安全に、より・・・、
効率化を求める中で、道は変わっていく。
かっての日向街道は、現在の道から大きく離れてしまっている。

ずいぶん私の周りにも使われなくなった廃道がある。
この日向街道もかなりの部分でなくなり、
あるいは使われなくなって、獣道となっているところも多い。
何も江戸時代や明治の頃の道だけでない。
バイパスが出来る、隧道が開通する。
そうすれば、かって使われていた道は、消え去るのみである。
それがいかに人々の知恵と費用がかかっていたにしても
振り返られることは少ない。
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しかし、この八勢目鑑橋等の眼鏡橋を見ると、
林田能寛や石橋等をかけた人々の志の大きさに頭が下がる。
私利私欲で動きがちな現代の世相を見る時、
私たちを厳しく諫める声が聞こえてきそうである。
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ここに来たのは、二度であるが、
周囲の自然との調和もすばらしい。
# by shin0710s | 2005-10-16 23:03 | | Trackback

ビーグル1匹、ダックス6匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。