本日は、小学校へ。
町の歴史について全校児童を相手にお話をする。
学校に着くと「木蓮の花」が咲き始めている。
改めて3月になったんだと思う。
13:15からホールへ。
1年生から6年生までの子どもたちが拍手で迎えてくれる。
やっぱり小学校はいいなあ、と思う。
進行の先生から紹介を受け早速話し始める
話の要旨は大体以下の通りである。
自己紹介でrennge ちゃん、akariちゃんの隣の家ですと話をしようと思ったら
「rennge」ちゃんの名前が出てこない。昨日も話をしていたのに名前が出てこない。
焦ってしまう。
ど忘れといってしまえばそれまでだけど、がっくりきてしまう。
気を取り直してその後は昔取った杵柄で時間通りに終わることができたけど……
このようなことが増えてきた。
自分の思っている以上に老いが進んでいるのだろう。
人前で話をすることは控えなければと思った全校集会であった。
話の要旨以下の通りである。
みなさん、こんにちは。
今日は、みんなが住んでいる甲佐町のむかしのお話をしたいと思います。
まず、みんなになぞなぞです。
「岩下」という名前の場所が、緑川を挟んで二つあります。
「有安」という場所も、二つあります。
どうしてだと思う?
……むずかしいよね。
実はね、むかしの緑川(みどりがわ)は、今とはぜんぜんちがう流れ方をしていたからなんです。
① むかしの緑川は、今とちがった
今の緑川は、まっすぐ甲佐町を流れています。
でもむかしは、大きな赤い岩(赤岩)にぶつかって、川が曲がって流れていたんです。
そのせいで、
甲佐町のまんなかは、田んぼも作れない荒れ地でした。
だから、川の流れ方が変わるたびに、
村が二つに分かれたり、場所が移ったりしたんだね。
② そこに登場したのが、加藤清正(かとう きよまさ)公
みんな、清正公って聞いたことあるかな?
熊本城をつくった人だよね。
実は清正公は、甲佐町の川の流れを変えて、みんなが田んぼを作れるようにしてくれた人なんです。
ある日、清正公が甲佐神社のお祭りに来ていました。
次の日の朝、川を見るとね……
鵜(う)という鳥が、まっすぐ一列になって、川をのぼっていくのを見たんです。
清正公はそれを見て、
「あっ!川も、こんなふうに流せばいいんだ!」
とひらめきました。
③ 清正公の大工事
清正公は、
赤岩をくだいて堤防の材料にし、
新しい川の道をつくり、
緑川をまっすぐ流れる川に作りかえました。
さらに、大きなクスの木を川の底にしずめて、
堰(せき)がこわれないように工夫もしました。
このおかげで、
甲佐町は、お米がたくさんとれる町に生まれ変わったんです。
それまで粟(あわ)しか食べられなかった農家の人たちが、
お米を食べられるようになったんだよ。
④ でも、緑川はときどき大あばれ
緑川は、甲佐町にたくさんの恵みをくれました。
でもね、大きな雨がふると、何度も何度も洪水(こうずい)をおこしました。
家が流れたり、
田んぼが全部水にしずんだり、
橋が流されたこともありました。
でも、そのたびに甲佐の人たちは、
「また立て直そう!」
「みんなで力を合わせよう!」
とがんばって、
堤防を直し、田んぼを作り直し、町を守ってきました。
⑤ さいごに
みんなの住んでいる甲佐町は、
川といっしょに生きてきた町です。
緑川は、
ときにはこわい力を見せるけれど、
田んぼをうるおし、町を豊かにしてくれる
「母なる川」でもあります。
そして、清正公の知恵や、
むかしの人たちのがんばりのおかげで、
みんなは今、この甲佐町でくらすことができています。
どうか今日のお話を聞いて、
「自分の町ってすごいんだな」
と感じてもらえたらうれしいです。