十年後は。

ワン公と散歩。
今日も6匹。ダックス5匹。ビーグル1匹。
日課となっている散歩である。
往復4km余り。
自分の足で歩く。当然である。いつまで自分の足で歩くことができる
だろうか。ふっと頭をよぎる。
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歩く速さと視界の広がりは丁度いい案配である。
これが自転車や車となると一気に視界が狭まる。
視覚や聴覚、嗅覚等は自分の身体にあった感覚なのである。

こうしてワン公と散歩を始めて十年あまり。
歩くことによって季節の移り変わりとその香り
そして緑川の水音を感じてきた。
春には春の。夏には夏の。そして秋には秋の
風や匂いや色を五感で感じてきた。

この土手に昨年はこうして野の花が咲いていたのだろうか。
改めて振り返ると確証がない。
ワン公の散歩を始めたときこうして歩くならば身の回りのことに
五官を向けていこうと思っていた。
十年たった今、やっぱりそれまでと同じようにただ何となく過ごしてきたように思う。

十年先はどうしているのだろう。
健康体であるのだろうか。
生きているのだろうか。
ワン公たちはどうしているのだろうか。
十年先に思いを巡らす私である。
十年前に今の私を思い浮かべていたのだろうか。
否である。
十年先どころか三年先の自分をなかなか思い描くことができない。

先のことよりも今のこと明日のこと。
せいぜい一年先のことまでしか思い描いていない。

もう十分に生きてきたから老いの支度をしなければならないのに。
明日も散歩に行かねば。
金曜日はバドミントンだ。
日曜日は山に登りたい。
あの本を読みたい。
次々にやりたいことが出てくる。

が、頭の隅に巣くっている老いの足音が大きくなっている。
どうも車の反応が鈍い。
どうも排尿が良くない。
どうも目がかすんで見えにくい。
どうも…
と心身の衰えが如実になってきている。
見えなくなる、聞こえなくなる、走れなくなる…と。

見えるようになったものはないか?聞こえるようになったものは?
自分でゆっくり歩き始めるとそれが出てくるような気がする。
感じること、目を向けなかったこと、花に立ち止まり、小鳥のさえずりに目や耳を傾けるようになったこと。
それが、この十年の散歩のお陰である。

さてこの先の十年は私に何をもたらしてくれるのだろう。
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by shin0710s | 2012-09-27 20:58 | ワン公 | Trackback

ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s