2017年 04月 28日
三人会。
庭の柿の木、欅そしてツツジ等の若葉が生気あふれる姿を見せてくれる。
同じ世代で、同じ教職の道を歩んできた。
ここ数回は眺世庵での会合となっている。
今日はここの庭に出てみた。
この眺世庵は、増永三左衛門(1803〜1867)の別邸で会ったそうである。
時代は、ペリー艦隊が浦賀に来航し、幕府は各藩に海岸防備警備を命じた頃。各藩では大砲の量産が叫ばれるようになり、熊本藩でも製砲の研究が進められた。その時、白羽の矢が当てられたのが、御船町の商家・増永三左衛門だ。大砲を造るには西洋式の反射炉が必要とされていたが、三左衛門の大砲は日本式のたたら炉(脚で踏むふいご)で製造。目標を遙かに超える飛距離を記録し、熊本藩に採用された。この時の大砲は、熊本城内に設置された熊本鎮台に受け継がれ、市民に正午を知らせる「午砲台」として昭和17年頃まで活躍した。
語りあい、聞きあい、気づきあい、自分の生活に生かす事のできる場となっている。
次の会がまた楽しみである。