美里町の風呂橋へ

美里町の風呂橋へ。
熊本地震以来なかなか文化財まで手が回らない。
この風呂橋も多分そうであろう。

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案内板でこの水路眼鏡橋について学ぶ。


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県内では通潤橋(大都町)や雄亀滝橋(美里町)などが知られているが、
江戸期に架けられた水路眼鏡橋は珍しく、現存しているものは数が少なく
貴重な石橋である。

橋の上を水路が走っている。



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江戸後期、萱野村(現大字萱野)の干害対策のため、中山手永第11代惣庄屋・内田太右衛門(1810~1820年在勤)により
文政二(1819)年、瀬戸山方面から権現山を廻り約1500間(約3km)の用水路が開さくされました。
その後、水漏れがひどくなり、明治40(1907)から、貫井手(用水トンネル)の開さくを始め、同42(1909)年7月に完成しました。
貫井手は約160m、風呂橋(水路橋)の長さは10mです。


草が生い茂り、この橋にいたる道も通りにくい。
ちょっとこの状況は、寂しいものである。

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by shin0710s | 2018-10-25 20:40 | 遺跡 | Trackback

ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s