カテゴリ:遺跡( 104 )

民具の手入れ(3)

講座「子どもたちに民具を伝える」も3回目となる。
本日も民具の手入れと台帳作りである。

民具は私たちの暮らしや仕事の移り変わりを伝える大切な文化財である。
甲佐民俗資料館が収蔵している民具の展示制作を通して
次世代を支える子供に民具を伝えていく意味や方法を学んでいる。


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収蔵している民具を持ち出し、確かめ、分類わけしていく。



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形、大きさを調べ、スケッチし、写真に撮っていく。
収蔵庫には数百点あり、それを一点ずつ展示制作していく。
気が遠くなるような作業である。



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1時間に1点できればいいほうかな。
まだずいぶん時間がかかるだろうな。






by shin0710s | 2018-09-18 20:18 | 遺跡 | Trackback

山口の地蔵さん

竜野の山口地区公民館横に石づくりの地蔵様が祀ってある。
「明和6年(1769)4月8日 侍左右門、石工源八」と刻銘されている。


百日紅の花の下に佇む地蔵菩薩である。
懐かしいような気持ちにさせる地蔵様である。



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今の六谷の登り口にあったそうであるが、当時の山道は木がうっそうと茂り
日中でも薄暗く通行も容易でなかったらしい。

村から人里離れた山中の地蔵様は長い間何を眺めていたのだろうか。
往来人が旅の安全を祈って地蔵様に手を合わせ通ったと伝えられている。

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今ではその道も昭和18年、工兵隊の活躍により新道が六谷まで通じる道に改良され、
県道稲生野甲佐線となり重要な道路となっている。

子の地蔵様は、村のミカン開墾が進められた昭和35年に現在地に移っている。
祭日は、7月24日。祭りごちはしないそうである。
村の人がきれいな涎掛けと四季折々の花を供え、大切に守られている。

by shin0710s | 2018-09-08 21:19 | 遺跡 | Trackback

竜野田代の遺跡。

田代地区は、竜野校区の北東に位置する。
多くの祭りがあり、地蔵尊等が点在している。
その中のいくつかを紹介したい。


田代の歳神である。安永2年(1773)建立。
12月10が祭日。
祠の両脇に献灯2基がたっている。

上田代組で甘酒を備え、豊作を祝う。12枚の木の葉っぱにご飯を盛り、12本の竹の筒に
甘酒を入れ藁でつるす。



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毎年正月に各家にやってくる来方神である。地方によってはお歳徳(とんど)さん、正月様、恵方神、大年神(大歳神)、
年殿、トシドン、年爺さん、若年さんなどとも呼ばれる。
現在でも残る正月の飾り物は、元々年神を迎えるためのものである。
門松は年神が来訪するための依代であり、鏡餅は年神への供え物であった。
各家で年神棚・恵方棚などと呼ばれる棚を作り、そこに年神への供え物を供えた。


田代の村に入って道路の左上の村を見渡す小高い所に
地蔵尊がある。
阿弥陀如来が火事を防がれたことに対して感謝の気持ちからこの地蔵尊が建立されと
の伝承がある。
寛永2年(1625)銘がある。

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田代村の奥の天神ノ森のふもとに天神さんがある。
御神体は楠である。


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祭りは歳神と同じ12月10日。
下田代組で祭旗、献灯を仕立て、締め名をを飾り付けお神酒を備え、五穀豊穣
を祝う祭りである。

by shin0710s | 2018-09-01 21:52 | 遺跡 | Trackback

竜野探訪。

本日は、文化財保護委員会の例会。
午後からは、竜野校区の文化財調査。
暑さ厳しい季節であるが、委員さんと出かける。
まずは、大峰(おみね)地区へ。


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三面六臂の観音様。


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そして板碑?


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文字が風化して読むことが出来ない。
また、その横には板碑らしい石板がある。


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さらに進むとまた観音堂がある。
馬頭観音である。
こちらも三面六臂の観音様である。


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大峰地区の山際にはいくつも遺跡が残っている。
更に上ると大峰遺跡がある。縄文時代の遺跡である。
今日はそちらにはいかず先へ進む。



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大峰から次は、大谷へ。
大谷観音堂へ向かう。



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階段の途中に小さな祠がある。
五輪の塔の一部か?


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階段を登りきると観音堂。


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観音様である。


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階段下の横に水源?

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ほとんど水はないが、かってはずいぶん水があっただろうと予想できる場所である。
横井戸らしい。
井戸と言えば縦に深く掘ってあるのだけど、ここは横に掘ってある。




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横に掘って地下水の水脈から水を取っているのだろうか。
今日の大きな発見である。

故きを温ねて新しきを知る、との言葉があるが、さて今日学んだことは何かな。


by shin0710s | 2018-08-24 21:09 | 遺跡 | Trackback

文化財を守る。

白旗の古閑に天満宮がある。
古閑菅原神社である。
永正5年(1508)建立。

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本町には天満宮が数多くある。

もちろん菅原道真公が祭神である。
学問の神様というより村に罪悪をもたらさないような願いが込められているのだろう。
そういう意味で怨霊退散(?)か。

どちらにしても古閑の人にとって大事な神社である。
ただ、復旧には多大なお金がかかる。
何とかして元の姿を取り戻してほしい。




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道真が亡くなった後、平安京で雷、大火、疫病などの天変地異が相次ぎ、清涼殿落雷事件で大納言の藤原清貫ら
道真左遷に関わったとされる者たちが相次いで亡くなったことから、道真は雷の神である天神(火雷神)と
関連付けて考えられるようになった。
「天満」の名は、道真が死後に送られた神号の「天満(そらみつ)大自在天神」から来たといわれ、
「道真の怨霊が雷神となり、それが天に満ちた」ことがその由来という。

道真が優れた学者であったことから天神は「学問の神様」ともされ、多くの受験生が合格祈願に詣でる。
参拝して筆を買うと受験に利益があるともいう。 (wikipedia)

日奈久断層の通り道に当たっているので地震で大きな被害を受けている神社である。
鳥居が破損している。


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碑文も倒れている。


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碑文には
「寛文10年(1670)  南無天満大自在天神   七月吉日」
と記されている。






by shin0710s | 2018-07-29 20:43 | 遺跡 | Trackback

田上監物氏里の碑

本日は、文化財保護委員会。
会議を終え、遺跡調査に出かける。
夏の暑さが厳しいけれど。

石碑は、地震で倒れており民家を通らないと到達できないのでその様子を委員で
確認に行く。
通称「清正公山(せいしょこさん)」と呼ばれるが、それ以前は、長楽山と呼ばれていたらしい。



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長楽山のふもとにこの石碑はある。




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横田田上氏の系譜は旧甲佐町史に出ている。

「清正の没後長楽山の山頂に観音堂を立てて霊を弔った。清正が甲佐地方を巡検の折
監物宅を訪れ、鵜ノ瀬堰から大井手用水への縄張りを手伝う。その後甲佐手永の総庄屋に任ぜられる。」




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石碑は倒れており元に戻すのもなかなか難しい。
大きな碑なので重機を使わないととても元に戻すことが出来ない。


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この石碑のいわれを調べなければなるまい。
系図を見ると阿蘇家とつながっている。
長楽寺という寺院もあったらしい。
わからないことだらけである。



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by shin0710s | 2018-07-27 22:15 | 遺跡 | Trackback

浄水寺で恩師を思う。

文化財研修で宇城市へ。時間があったので豊野町の浄水寺跡を訪れる。


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浄水寺は西暦828年に肥後国で国分寺に次ぐ寺格を有する寺院である“定額寺”に定められた古代寺院である。
(定額寺(じょうがくじ)とは、奈良・平安時代に官大寺・国分寺(尼寺を含む)に次ぐ寺格を有した仏教寺院)。

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延暦9年(790)南大門碑、延暦20年(801)燈籠碑、天長3年(826)寺領碑、康平7年(1064)如法経碑からなる。
奈良・平安時代のもので、一箇所にまとまって存在する碑として唯一であり、数少ない古代の碑として、
古代寺院を解明する上で重要な史料である。



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しかしこの寺については残された資料が少なく調査研究しても
その実態は謎に包まれており“幻の寺院”とも呼ばれているらしい。




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これらの石碑群は平成27年9月4日に“天保2年修理記念碑(1831年)”とともに国重要文化財に指定されている。




さて、そんな貴重な文化財である浄水寺跡に最初の訪れたのは、中学2年生の時である。
担任の先生が日曜日にクラス全員をこの遺跡に連れてこられている。
半世紀以上も昔のことである。英語の先生であった。
まだ、文化財等に目を向ける人がほとんどなかった時代の
昭和三十年代に中学生を案内された先生である。
昼食時間は、中学生にリンカーンの伝記を読んで聞かせておられた。
弁当を食べながら聞き入っていたことを思い出す。
また職員室で私一人1時間余り正座させられたこと。その理由はすっかり忘れている。
そして許されて帰る途中の廊下で何度もひっくり返ったことも今は懐かしい思い出である。
私が教師を目指したのは、先生の影響なのかもしれない。
もっとも、英語の苦手な私は、授業時間は、
ずっと下を向いていて指名されないようにしていたことを思い出す。

by shin0710s | 2018-07-20 15:52 | 遺跡 | Trackback

意識の三層構造

朝日新聞の記事に
「上空からの景観と重なる三層構造」山折哲雄さんの文に
興味を覚えた。


…この列島に住み着いた人間たちの意識もまた三層構造で出来上がっているに違いない。
行ってみれば縄文的世界観、弥生的人間観、そして近代的価値観の重層構造である。
縄文真相の無常観、弥生中層の勤勉と日和見感覚(天候観測)、人それぞれではあろうが近代上層の儒教的合理精神
といったように。もうひとつ面白い点として、これら三層の価値観は互いに他を排除したり否定したりすることがなかった。
新しいものが古いものを壊していく進化の道をとらなかった。…

本町の遺跡には縄文、弥生、古墳時代をそれぞれの時代として重層的に残している。


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私の精神構造の中にも重層的な深層意識としてそれぞれのかけらが残っているのかもしれない。

雨が降っているのでついいろいろな思いが出てくるのを楽しんでいる。

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雨読にはならないが、いろいろな思いを引き出して、それを楽しむのも
雨が降ればこそである。


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by shin0710s | 2018-06-06 17:02 | 遺跡 | Trackback

熊本城は今。

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美術館への行き帰り熊本城が見える。
地震で甚大な被害を受けた熊本城は、今復旧工事が進められている。
天守閣には大きなクレーンが並んで動いている。


かっての美しい姿をいつの日か見ることが出来るだろう。


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美しい石垣も崩れてしまっている。


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こちらも元のようになるはず。


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まだ地震の被害が生々しく残っている。


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二の丸公園の楠の姿が美しい。
若葉の躍動感あふれる生命力に元気をもらえそうである。


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by shin0710s | 2018-06-03 18:05 | 遺跡 | Trackback

旧西村資料館へ。

熊本地震で屋根が崩れそうになった西村資料館が古民家再生事業で
活用されることとなった。
そこで、資料館として収集してあった民俗資料等を殆ど宮内の民俗資料館へ移動していたが
最後に残っていたものを運ぶこととなった。


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先日の雨で雑草が生い茂っている。


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家屋の中には大きな甕がある。
宮内の民俗資料館も収蔵庫がないので置く場所がない。



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何とか運ばねばと工夫を凝らし移動することが出来た。
まだ残したいものもあるのだがなんとも難しい。



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さて古民家再生でどのような姿になるのだろうか。


by shin0710s | 2018-05-11 21:58 | 遺跡 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s