樹木希林さんの言葉が心に残っている。
「人間は自分の不自由さに仕えて、成熟している」
の言葉である。
今年は、多くの場所で彼岸花を見ることが出来た。
毎年この季節になると忘れることなくその姿を見せてくれる。
その姿は、田んぼの道端や道路の端。また人の手により、道路に沿って
見栄えがいいように並んでいる。
今年は、八女福島八幡宮の境内に紅白の彼岸花が見事に咲いていた。
ところで彼岸花の別名は余り芳しいものではない。
・死人花 【しびとばな】
・地獄花 【じごくばな】
・幽霊花 【ゆうれいばな】
・毒花 【どくばな】
・痺れ花 【しびればな】
・天蓋花 【てんがいばな】
・狐の松明 【きつねのたいまつ】
・狐花 【きつねばな】
・曼殊沙華【まんじゅしゃげ】
なぜこのような名前が付けられたのだろうか。
彼岸花には毒があるのでモグラなどを墓地に近づけさせないように植えられたというものがあるらしい。
このため「墓地」のイメージから死人花や幽霊花などの別名がついたと思われる。 また彼岸花には毒がある。
そのことから毒花、痺れ花という別名がついているようである。
ただ曼殊沙華の別名は、仏教で伝説上の天の花でもある。サンスクリット語 majūṣakaの音写。
純白で,見る者の悪業を払うといわれ,天人が雨のように降らすという。
ところで、彼岸花の毒はアルカロイドという毒で、水にさらして取り除くことが出来る。
毒を取り除いた彼岸花は飢饉や災害時などに使われる代用食物として救荒食(きゅうこうしょく)にもなっている。
こうしてみると彼岸花の別名は、人間の生活の日々の生活の中から生まれてきたものであることがよくわかる。
さて樹木希林さんの言葉は、以下の言葉からその意味を知ることが出来る。
樹木希林さん「難の多い人生は、ありがたい」から
石井 私が取材したいと思ったのは、映画『神宮希林』のなかで、夫・内田裕也さんについて「ああいう御しがたい存在は自分を映す鏡になる」
と話していたからなんです。これは不登校にも通じる話だな、と。
樹木 あの話はお釈迦さんがそう言ってたんです。お釈迦さんの弟子でダイバダッタという人がいます。
でも、この人がお釈迦さんの邪魔ばっかりする、というか、お釈迦さんの命さえ狙ったりする。
お釈迦さんもこれにはそうとう悩んだらしいですが、ある日、「ダイバダッタは自分が悟りを得るために難を与えてくれる存在なんだ」と悟るんです。
私は「なんで夫と別れないの」とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。
ありがたいというのは漢字で書くと「有難い」、難が有る、と書きます。
人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか。
今日、みなさんから話を聞きたいと思っていただけたのは、私がたくさんのダイバダッタに出会ってきたからだと思います。
もちろん私自身がダイバダッタだったときもあります。
ダイバダッタに出会う、あるいは自分がそうなってしまう、そういう難の多い人生を卑屈になるのではなく受けとめ方を変える。
自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在を師として先生として受けとめる。
受けとめ方を変えることで、すばらしいものに見えてくるんじゃないでしょうか。
病気になって年を取って。
石井 そう思うきっかけはなにかあったのでしょうか?
樹木 やっぱりがんになったのは大きかった気がします。ただ、この年になると、がんだけじゃなくていろんな病気にかかりますし、不自由になります。
腰が重くなって、目がかすんで針に糸も通らなくなっていく。
でもね、それでいいの。こうやって人間は自分の不自由さに仕えて成熟していくんです。
若くても不自由なことはたくさんあると思います。
それは自分のことだけではなく、他人だったり、ときにはわが子だったりもします。
でも、その不自由さを何とかしようとするんじゃなくて、不自由なまま、おもしろがっていく。
それが大事なんじゃないかと思うんです。
田圃のあぜ道に咲く彼岸花も社寺の境内に咲く彼岸花もその姿は美しい。
場所を選ばず、不自由さがあってもその場所で見事に花を咲かせている。
まさに「曼殊沙華」である。