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納棺

納棺の様子を見ることはこれまでも何度かあった。
納棺師として映画「おくりびと」では見ていたのだが、
その様子を最初から最後まで実際に立ち会ったのは
初めてである。


主に葬儀社からの依頼で火葬までの遺体の状態を管理しつつ、
遺族や参列者等が故人と対面できる様に遺体の見栄えを整える。
具体的には、ドライアイス等で内臓や体全体を冷やし腐敗の進行を抑えたり、
表情を整え臭いを抑える含み綿、経帷子等の衣装に着替えさせ顔剃りや化粧をする。
      ウィキペディア(Wikipedia)より


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一つ一つの所作が尊い。
生涯を終えた亡き人に敬意をもって
接しておられる姿に改めて感動を覚える。


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死は終わりではないのです。新たな旅立ちですよ、
と呼び掛けておられるような気がする。


by shin0710s | 2019-08-24 19:53 | | Trackback
お寺の書庫で古い写真を入れた箱やアルバムを整理している。
明治大正の頃の写真は残っていない。
昭和十年代の家族写真である。

先々代の住職夫婦を中心にしたものである。



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それから1~2年後であろうか境内への門前での祖母を中心にしたもの。




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そして3枚目は、同じく2から3年後。
父の末弟の小学生の姿から想像するとそうなるかな。





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そうそうこんな写真も出てきた。
父が言っていた。兄妹ケンカをすると姉が悪いのに俺ばかり父は怒った。
話も聞かずに。
と言っていた父の姉である。




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そして父の長兄のもの。



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父の長兄である伯父さんの家族写真も出てきた。
昭和三十年代である。あこがれた世界である。



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by shin0710s | 2019-07-28 21:17 | | Trackback

一枚の写真

古い一枚の写真が出てきた。
父の出征時の記念写真であろう。
父の兄妹と祖父母が映っている
このほかに父の兄妹は、3人いる。
昭和13年頃である。
80年近く昔の写真である。


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本堂の前での写真である。
本堂の奥には、襖絵が微かに写っている。
羅漢の絵で本田景風先生の水墨画である。


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当時女学校の生徒だった伯母が生存している以外は父を含めてすでに還浄されている。
伯母は、94歳。
父も多分22歳か23歳。
この時代は、太平洋戦争が始まる少し前である。

敗戦後の私が生まれる10年前。
どんな気持ちで戦地へ父を送り出していたのだろう。

多分この日のことであろう、父の末弟の叔父が話してくれたことがある。
「兄貴が部隊に帰るバスの時刻には間に合いそうもないので私に
『停留所にいってバスを止めておけ』と言われてバス停にまで走っていった。
でも小学生の俺が言ってもバスを止めるわけがない。さっさとバスは行ってしまった。
兄貴にそう訴えたが、えらい怒られた。」
と。

この写真当時祖父は、中風で体が不自由な状態だったらしい。

この後、父の兄やすぐ下の弟は、出征したため、
お寺の仕事は、二番目の伯母がつとめていた。
門徒さんの月忌は伯母の役割だったという。
そして太平洋戦争が激しくなったころには、
正法寺も沖縄からの疎開先になっていたと聞いている。

ここに写っている父を含めて叔父伯母は今からが青春時代が始まる時。
戦争の中でどんな青春時代を送ったのだろうか。


by shin0710s | 2019-07-24 16:36 | | Trackback
雑誌を読んでいたら、「生涯、自分の足で歩く」の記事があった。
ワン公の散歩を始めて20年近くなる。


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1万歩を目標に歩いてきた。
ここ数日雨が続いたので散歩も中止。
そんな中この記事に出会った。

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… 先進国において、人は三つの行為を順にできなくなって死へ向かうという。
初めに「歩行」が出来なくなり、車いすや寝たきりの生活になる。
次が「排泄」で、自力で排尿・排便が調節できなくなる。
最後が「食事」。胃ろうによる摂取を選択する人もいるが、自力で食べられなくなることで死がぐっと近づくとされる。
 段が進むほど段差は高くなり、前の段に戻りにくくなるため、歩行の維持が非常に重要となる…

…最初の一段さえ下りなければ、QOL(生活の質)を保てる。
医療費がかかり始めるのも、この階段を下り始めてから。
健康寿命と平均寿命にギャップがある日本こそ、足と歩行のプロフェッショナルの足病医が必要なんです…

町の社会福祉協議会に出かけたところ七夕様が飾ってあった。
高齢者の皆さんが短冊にいろいろな願いを書いておられる。


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私だったらどんなことを短冊に書くかな。
皆さんの短冊をいくつか紹介する。



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私を含めて高齢者にとっての願い事は、健康であること。
そしてしっかりちゃんと歩けること。



今日は、散歩は中止と思っていたけど、
頑張って歩くことにしよう。


この記事の最後には以下の文が記してあった。

「 毎日ちょっとずつでも動いておけば、筋力が弱って可動域が小さくなっても、
動き続けれれる。
人生100年時代ですので、60代、70代を迎えたら、
継続して動いていくことが大事だと思います」

by shin0710s | 2019-07-04 19:13 | | Trackback

田植え始まる。

アマガエルの鳴き声が響いている。
明日は雨の予報出る。

何時梅雨入りしてもおかしくない。
ここ数日晴天で清々しい日々だったので
気持ちよく過ごすことが出来ていた。


いつもの散歩道から田植えの様子がうかがえる。
田圃に水が張られている。

田植え機のエンジン音が響いている。




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すでに終わったところには早苗が風に揺れている。



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チョコマミーは今日も元気である。



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by shin0710s | 2019-06-13 19:47 | | Trackback
55年前ここに墓地があった。
当時どんな話し合いがあったかわからないが、村の共同墓地が改葬され、
お寺の境内に門徒さんたちと共同の納骨堂が建てられた。
昭和39年のことである。


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それから半世紀。
共同墓地があった場所は、整地され、村の公園となる。
そしてゲートボール場になり、ゴミ集荷所が隅に置かれている。なっている。
今は、敬老会の方々が花壇を作り花を植え、
そして、春には桜が咲き乱れ、村人の憩いの場になってきている。





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今回ここに防火水槽を設置することになった。
そこで水槽のために深い穴を掘ったところ、
まず、墓石が出てき、その下には、お骨が次々に出てきた。





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更に甕が20個ほど出てきている。
墓地を改葬された当時すべてを掘り起こすことも出来なかったであろう。
また、 私たちの住む村が出来たのは、1600年頃なので旧墓地に多くの
人が埋葬されていたことは十分に想像できる。これらのお骨は、私たちの先祖なのである。





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工事を行っている人たちが、丁寧にお骨の一つ一つを扱っておられるのもありがたいことである。






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掘りあげられた墓石は読み取れるのは埋葬された法名そして年齢。
わずか八歳でその命を終えている幼子の墓碑があった。
親の悲しみはいかばかりであったろうか。

これらの人骨は、乾燥させ、きれいにして新たに村の記念墓に納めることになっている。






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今は、この共同墓地の姿を知る人も少なくなっている。
子どものころ、お盆とお正月は、除草作業をし墓石をきれいにし、花を手向けていた。
そして家族そろって必ずお参りに行っていた。
大きな公孫樹の木が墓地の中心に生えていた。
村の「わるごろ」が、夏の夜になると墓地の横に木に登り、松明をゆらゆらさせていたことを思い出す。
今でこそすっきりとした場所であるが、公孫樹の大樹が広がる鬱蒼とした場所であった。
掘り出された甕や人骨を見ながら
先祖の歴史に首を垂れている。

by shin0710s | 2019-05-26 14:39 | | Trackback

蒙古襲来絵詞に学ぶ。

蒙古襲来絵詞と言えば、必ず思い浮かべるのがこの絵であろう。
私も歴史の授業でしっかり記憶している。



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さてこの馬に乗っているのが竹崎季長であり、元寇での戦いの様子を描いたものである。
そしてそれを本町の甲佐神社に奉納下を聞いてきている。


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さて本日は、服部英雄先生の
「蒙古襲来絵詞と竹崎季長」展を開催して、の講演であった。

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絵詞から学ぶとは?
その内容がなかなか興味深いものであった。
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このことについても絵詞から読み取れる。


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倒れている元の兵士が持つ戸板を突き破っている矢から、日本の武士の持つ弓の方が威力を持っている
と判断できるというものである。


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また日本軍による糞尿攻撃もあったことが分かる。

絵詞から当時の戦いの様子や武具の違いも分かるというのである。



さらに、竹崎季長の出身地である、海東についても考察がなされていた。


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海東と緑川のつながりもまた示唆に富むものであった。

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甲佐神社の近くに船着き場跡がある。
そこから物資の輸送が行われていたというものである。


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甲佐神社のには古文書がほとんど残っていない。
はっきりしたことはわからないが、緑川の運搬を通してつながっていたと思われる。



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最後に以下のようにまとめられている。




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by shin0710s | 2019-05-16 20:36 | | Trackback

キーボードを変える。

毎日触れているパソコン。
机が狭いのでキーボードを小さくしていた。




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文章作成やブログの投稿もここからするのだけど
すっかり慣れていて何の不便も感じていなかった。

ところがふとしたことから手の大きさとキーボードの相性
を思った時、わが手の大きさと比較して
あまりに小さすぎるのでは、と思い出した。


そうなると何とも違和感がある。
ノートパソコンのキーボードに比べても使いにくい。

そこでキーボードを変えてみる。



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文章を打つのが楽であるし、ファンクションキーも使える。
机を少しくらい広くするより、四六時中使っているパソコンの
使いかっての良さを大事にするべきであった。



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今日は気持ちよく文章を打っている。

ジャスミン、今日は快適に文章が打てるよ。



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by shin0710s | 2019-03-10 16:26 | | Trackback
このブログを始めたのは56歳の時。
人生を、青春、朱夏、白秋、玄冬の四つの時期に分けて考えれば、
56歳は白秋の黄昏時と、とらえたものである。



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80年の生涯であるなら、56歳は、老年期の少し前だろう。
さてこれが100年とするならば、どうだろう。
仕事をしている間はまだまだ白秋期。
私も、66歳まで働き、70歳を迎えた今やっと仕事に追われることがない日々である。


さて五木寛之氏は次のように言っている。

白秋期とは五十歳から七十五歳あたりまでの二十五年間である。
その季節を私たちはどう生きるのか。
白秋期は晩年ではない。
フィジカルにはさまざまな問題を抱えていたとしても、
いまの五十歳から七十五歳までの時期は、むしろ人生の収穫期ではないかと、
私は思っている。 (五木寛之)

うれしいことである。今まで学んできたことを今からの人生に生かすことが出来る。
生かすための方策を考える時間はたっぷりある。
それはそうであるのだけれど…
たっぷりできた時間を生かすことがなんと難しいことか。

それぞれに自分の生を生きているのかな。


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by shin0710s | 2019-02-09 19:18 | | Trackback

庭木の剪定が終わる。

昨日で、庭木の剪定が終わる。
今日は、時折陽射しが差す。


落ち着きを取り戻した庭に、安心したように
ルランが憩う。




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切り落とされた枝とずいぶん伸びてきた草を
片づけなければならない。

それが終わるころには今年も終わるはず。


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夕陽が庭に当たり始めている。
槙の木が一本、夏の暑さで枯れてしまいちょっと寂しい眺めになっている。






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裏の生垣もすっきりとなる。
そして大きく育った槙がずいぶん枝ぶりがよくなっている。



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どうだ、ルランきれいだろう?



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by shin0710s | 2018-12-08 21:18 | | Trackback

ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s