カテゴリ:神社( 35 )

植木阿蘇神社

国道443号線を御船方面から甲佐町方面へ進むと、甲佐大橋の手前、
右手にお宮が見える。
植木阿蘇神社である


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慶長14年(1609)建立となっている。
祭神は、彦御子神・比咩神である。
祭日は10月9日。

拝殿には絵馬が奉納してある。




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また格子天井にも絵がある。


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本殿の彫刻が美しい。



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ここ糸田部落は緑川の氾濫に苦しめられたところである。
それだけにこの神社に対する尊敬の念は大きい。
 
農家のトラクターが神社の前を通るとき
運転しておられたおじいちゃんが帽子を取り頭を下げておられる姿があった。


by shin0710s | 2018-11-07 19:26 | 神社 | Trackback

美は細部に宿る?

研修二日目は、まず人吉青井阿蘇神社へ。


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楼門をくぐり、拝殿へ。



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青井阿蘇神社は、
大同元年(806年)9月9日に阿蘇神社の神主尾方権助大神惟基が神託により
阿蘇神社から阿蘇三社の分霊を当地球磨郡青井郷に祀ったのに始まると伝える。
その後天喜年中(11世紀中半)に再興され、建久9年(1198年)に領主として藤原(相良)長頼が当地へ
下向した際にも再営して自家の氏神として尊崇、神領216石を寄進する等相良家歴代の篤い崇敬を受け、
延徳3年(1491年)の同為続による社殿造営を始めとする数度の社殿の造営、修造が行われた。



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楼門や拝殿そして本殿の細部を見るといろいろな発見がある。



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その造形の美しさに魅了される。


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紅葉の季節になってきたので木々との重なりもまた面白い。



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境内の朱色の鳥居もこれまた見ていて楽しくなる。



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30分余り散策し次の研修地へ向かう。



by shin0710s | 2018-10-30 19:49 | 神社 | Trackback

清冽な空気を。

晴天。
気持ちがいいのでさわやかな空気を味わいたい。
ならば大きな木があればいいはず。

というので大津山へ。
二本の垂直に伸びた杉の木が見ているだけで気持ちいい。


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きっと秋らしい爽やかな空気だと思っていたが…



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暑い。夏が近づいているような暑さである。
拝殿に神主さんの姿がある。
涼しげな衣体である。


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静かな境内に灯篭が並んでいる。
それぞれに願いが込められた灯篭であろう。


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吽形の狛犬が参詣者を見守っている。



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by shin0710s | 2018-10-07 20:55 | 神社 | Trackback

高良神社へ。

久留米、高良大社へ。
筑紫平野が一望できる。

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朱色の鳥居が鮮やかである。


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古代から筑紫の国魂と仰がれ、筑後一円はもとより、肥前にも有明海に近い地域を中心に篤い信仰圏が見られる。
厄年の厄ばらい・厄除け開運・延命長寿・現代では交通安全のご利益でも名高い。また芸能の神としての信仰もある。


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高良大社自体が名神大社、筑後国一宮であるほか、本殿に合祀されている豊比咩神社が名神大社、
境外末社の伊勢天照御祖神社が式内小社、味水御井神社が筑後国総社であるとされる。

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山腹を抜ける風が涼しい。ここだけは初秋の趣である。


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by shin0710s | 2018-08-20 23:10 | 神社 | Trackback

上色見熊野座神社(2)

上色見熊野座神社を参拝し、裏手の山に登る。



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神殿後方の穿戸岩には、健磐竜命の従者鬼八法師が蹴破ったといわれる
縦横10メートル以上の大風穴(穿戸岩(うげといわ))がある。


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「穿戸岩」は巨大な岩山を大きな風穴が貫いていることから、
どんなに困難な目標でも必ず達成できる象徴として『合格・必勝』のご利益があるとのこと。
ここまで参拝者は足を運んでいる。



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さて鬼八法師とは?


阿蘇大明神(健磐龍命)に使える鬼八法師は大明神が的石(旧・阿蘇町)を的に蛇の尾山から弓を射るたびに矢を取りに行っていたが、
疲れてしまい、足の指に挟んで矢を投げ返した。投げ返した矢は大明神の足に当たってしまいました。
大明神が怒って追いかけ、鬼八は逃げ走り、高森に到ると岩を穿って天へのぼり、霜を頻りに降らせた。
そこで霜宮に祀ってその体を綿に包んだ。肌を温めるための火焚きが疎略になると早く霜を降らせると伝えられています。
実は鬼八は99本目までは拾って持って行ったが、疲れて100本目は足で返した。
高森から矢部に逃げて8回放屁したので「八屁」から「矢部」の地名となったという。
大明神に討たれた鬼八の首が天に昇って霜を降らすようになったので、火焚きをして首の傷を温めている等々、
鬼八をめぐる伝説は数多く語り継がれている。
鬼八法師は現在ではキハチと呼んでいるが、その他に金八ボシ、キンパチ、オンハチボウシ、金八ブシ、
キハチボシなど所々によって異なるよび方が伝えられている。

それにしても大きな空洞の洞窟である。



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さて、甲佐町に金八の森の伝説が残っている。



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甲佐町を緑川に沿って下ると、西岸に麻生原部落があり、森の中の小さな石の祠に金八を祀ってある。
昔、阿蘇大明神が、供の金八を連れて刈りに出られたが、獲物がなく、帰り道に一頭の鹿を射止められた。
しかし供の金八が鹿を取りにいかぬので大明神がしかると、金八はここまで逃げてきて、自害したといわれ、
この森から大明神を祀る津志田神社に火の玉が飛んで行ったという。(甲佐の民話伝説2)

この金八と鬼八法師の民話・伝承は何を物語っているのだろうか。


by shin0710s | 2018-07-02 17:03 | 神社 | Trackback
今日は、雨が降らなさそう。
少し遠出して高森へ。
上色見熊野座神社
へ出かける。高森の町内まではなんとか晴れていたが、上色見が近づくにつれて雨となる。
熊野座神社に着いたときはすっかり雨模様。
それでもせっかく来たので参拝する。


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300段近くのの階段を上る参道は、雨に打たれた杉木立に囲まれて不思議な静けさが伝わってくる。
また両側には100基の石灯篭が参拝者を迎えてくれる。



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熊野座神社とは?
伊邪那岐命、伊邪那美命、石君大将軍を祀ってあり
享保7年(1722)の建立で、南郷の総鎮守として祭祀されているらしい。




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雨が降っているがずいぶん若者が多い。パワースポット?
拝殿には参拝者がお参りしている。



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殿は拝殿の後ろにあり、苔むした狛犬がこの神社の歳月を物語っている。



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by shin0710s | 2018-07-01 21:37 | 神社 | Trackback

神は細部に宿る。

九博からエスカレーターを下ると、花しょうぶそして紫陽花が迎えてくれる。


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外国からの観光客が多い。
中国語、韓国語であろうか。



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楼門から拝殿に向かって人の波が途切れることなく続いている。


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人混みを避けてシャッターを切る。



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菅公も大変だ。次々のお願い事を聞くだけでも。


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神社仏閣に参拝するなら、早朝がいいと聞いていたが
そうなのかもしれない。
私を含めて人多すぎである。



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by shin0710s | 2018-06-08 19:21 | 神社 | Trackback

八坂神社

5月の連休に行った有田陶器市。
その時に町の裏山にある八坂神社に登った。

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境内に入ると狛犬が迎えてくれる。


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胸をそっている堂々とした狛犬である。
そしてこれは何?
ずいぶん古そうな…
摩耗して何かわからない。


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疑問に思ったままである。
何だろう?


by shin0710s | 2018-05-20 20:16 | 神社 | Trackback

お稲荷さん。

歩いていると、道の上に赤い鳥居。
つい気にかかり登っていく。


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赤い鳥居がたっている。
その先には稲荷大明神。
神道系の稲荷神社では朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルとして広く知られる。
廃仏毀釈が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ、現存する寺院もある。
元来は五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の
守護神としても信仰されるようになった。



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善男善女がお参りをするのだろうけど、短いが険しい階段である。
用心して登って行ってほしいな。

by shin0710s | 2018-05-14 17:51 | 神社 | Trackback

弓削法皇社

続いて弓削法皇社へ。
上弓削神社(かみゆげじんじゃ)は熊本県熊本市にある神社。
白川左岸の弓削町に鎮座するが、対岸の弓削神社とともに弓削神社と総称される場合もある。
弓削法皇社とも。

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サクラが咲いているが人影はない。
静かな境内である。


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境内には法皇社の由来等が記されている。



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祭神として孝謙天皇(女帝、女神)を祀るが、白川の対岸、
龍田町弓削の弓削神社が女神であるのに対し
道鏡を祀るとの説もあった。
また、夜毎に男神が飛び石を伝って対岸の女神(弓削神社)の許へ通い逢瀬を楽しんでいたとも伝える。
農作物の豊穣や、夫婦円満、子授けの信仰を集める。



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奉納の由来が記されている通り見事なものがある。



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また本殿の前にも奉納されている。



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日本の性に対するおおらかな姿を垣間見る気がする。
また性が穀物の豊穣への祈りとつながっていることに驚きを感じる。

by shin0710s | 2018-04-03 21:07 | 神社 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s