カテゴリ:神社( 29 )

神は細部に宿る。

九博からエスカレーターを下ると、花しょうぶそして紫陽花が迎えてくれる。


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外国からの観光客が多い。
中国語、韓国語であろうか。



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楼門から拝殿に向かって人の波が途切れることなく続いている。


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人混みを避けてシャッターを切る。



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菅公も大変だ。次々のお願い事を聞くだけでも。


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神社仏閣に参拝するなら、早朝がいいと聞いていたが
そうなのかもしれない。
私を含めて人多すぎである。



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by shin0710s | 2018-06-08 19:21 | 神社 | Trackback

八坂神社

5月の連休に行った有田陶器市。
その時に町の裏山にある八坂神社に登った。

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境内に入ると狛犬が迎えてくれる。


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胸をそっている堂々とした狛犬である。
そしてこれは何?
ずいぶん古そうな…
摩耗して何かわからない。


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疑問に思ったままである。
何だろう?


by shin0710s | 2018-05-20 20:16 | 神社 | Trackback

お稲荷さん。

歩いていると、道の上に赤い鳥居。
つい気にかかり登っていく。


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赤い鳥居がたっている。
その先には稲荷大明神。
神道系の稲荷神社では朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルとして広く知られる。
廃仏毀釈が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ、現存する寺院もある。
元来は五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の
守護神としても信仰されるようになった。



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善男善女がお参りをするのだろうけど、短いが険しい階段である。
用心して登って行ってほしいな。

by shin0710s | 2018-05-14 17:51 | 神社 | Trackback

弓削法皇社

続いて弓削法皇社へ。
上弓削神社(かみゆげじんじゃ)は熊本県熊本市にある神社。
白川左岸の弓削町に鎮座するが、対岸の弓削神社とともに弓削神社と総称される場合もある。
弓削法皇社とも。

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サクラが咲いているが人影はない。
静かな境内である。


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境内には法皇社の由来等が記されている。



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祭神として孝謙天皇(女帝、女神)を祀るが、白川の対岸、
龍田町弓削の弓削神社が女神であるのに対し
道鏡を祀るとの説もあった。
また、夜毎に男神が飛び石を伝って対岸の女神(弓削神社)の許へ通い逢瀬を楽しんでいたとも伝える。
農作物の豊穣や、夫婦円満、子授けの信仰を集める。



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奉納の由来が記されている通り見事なものがある。



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また本殿の前にも奉納されている。



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日本の性に対するおおらかな姿を垣間見る気がする。
また性が穀物の豊穣への祈りとつながっていることに驚きを感じる。

by shin0710s | 2018-04-03 21:07 | 神社 | Trackback

弓削神宮へ。

白川をはさんで一対の弓削神社がある。
龍田町弓削の弓削神宮(女神)と、弓削町の弓削法皇社(正式名上弓削神社)(男神)である。
男神が対岸の女神のもとに川の中の飛び石を渡り行き、毎夜の逢瀬を楽しんでいたという言い伝えから、
農作物の豊穣、子授け、多産や夫婦仲のよさと子宝に恵まれた、
至極円満な家庭の守り神とされてきた。
最近は浮気封じのご利益を求めて、絵馬に釘を打ち奉納する人も多いといわれている。
ということで弓削神宮へ出かける。


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孝謙天皇を祀るが、当地では「お藤姫」と称したという。
下髪開胸木刻の女神坐像を神体とするが、これは明治45年(1912年)に
火災に遭って焼失した神体を新しく彫像したもの。
浮気封じや夫婦和合、子授けの他、五穀豊饒に神徳ありと伝えられ、
祈願の際には木彫りの男女の性器を献じる風習がある。



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なぜ弓削の地名がこの地にあるのかは定かでないようである。
またどうして道鏡とつながるのかもよくわからない。



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続いて弓削法皇社へ向かう。

by shin0710s | 2018-04-02 15:26 | 神社 | Trackback

立田阿蘇三宮神社

熊本国際民芸館は、立田阿蘇三宮神社の横にある。
せっかくなのでこんもりした境内を歩く。

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大きなクスノキが参拝者を迎えてくれる。


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この一樹だけで杜としての雰囲気を作っている。


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さて三宮神社は?

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との説明がある。


本殿の彫刻が面白い。

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さてこの姿は何だろう。
天邪鬼のようにも見える。


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by shin0710s | 2018-03-31 21:14 | 神社 | Trackback

暖かな一日。

久しぶりに暖かな一日であった。
今日は、チョコ太もお留守番。

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さて、どこかに出かけたいな。
どこがいいかな。
結局は、十数年ぶりに植木市に出かけることにする。


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ところが駐車場の入り口がわかりにくい。
何度もうろうろしてやっとのことで入場。
以前で出かけた時に比べてこじんまりしているような気がする。
もっと大きな松や槙等の庭木がデーンとあったような。
市をぐるっと回って、えっ、これでおしまい?
そんな感じであった。
カメラを忘れたので写真はない。


クリスマスローズ等の苗をかってきたけど。
仕方ないのでこれまたちょこっと北岡神社へ。

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スマートフォンで撮る。難しい。


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by shin0710s | 2018-02-09 19:24 | 神社 | Trackback

菊池神社へ

気温は低いものの暖かな陽射しである。
さて今日はどこに?
先日時間がなくて行けなかった菊池神社へ出かける。


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この菊池神社については、

熊本県菊池市にある旧菊池城本丸址に鎮座。
創建は明治で、新しい神社。菊池氏は、肥後国菊池郷の豪族。
元寇や元弘・弘安の役で活躍した一族であり、
九州における南朝の首将として各地を転戦した。
明治維新後、楠正成の慰霊を祀る湊川神社の造営決定に続き、
造営が決まり、菊池城址に創建されたもの。
主祭神の武時は第12代、武重は第13代、武光は第15代頭首。
配祀の武政は第16代、境内社城山神社の武房は第10代、重朝は第21代。

となっている。
楼門の先に拝殿が見える。


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参拝者。


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二人並んでどんな願いをされているのだろうか。
平日の人影のない静かな境内である。


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しばらく境内を歩く。


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菊池武時公の銅像。


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by shin0710s | 2018-01-25 20:54 | 神社 | Trackback

美里町梅林神社へ。

堅志田城への通り道に梅林神社がある。



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 堅志田城主・阿蘇惟安の入道姿の立像と伝えられている本殿の御神体は、町の指定文化財に指定されています。
高さ96cm、台座17cm、像の裏面に
「願主庄屋 甲薗 大膳允 中小路 兵庫允 慶長六(1601)年 卯月五日」
との銘文があります。


自信で梅林神社の額が落下したのだろう、下に置いてある。
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梅林神社の由緒について記してある。


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また、境内には板碑が2基建っており、一基はかさつきの板碑で「当院開山権大僧都法印勝慶・享禄四(1531)年」との銘がある。

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ものと、もう一基には、二代・三代の名が彫られており、天文21(1552)年塔で、
梅林神社が神宮寺であったことを示すものである。


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by shin0710s | 2018-01-20 19:01 | 神社 | Trackback

甲佐神社へ

甲佐神社へ。
正月三が日を過ぎると参拝者も少なくなる。
実家である正法寺の苗字、そして家紋も同じである。


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正法寺の由緒によれば今でこそ浄土真宗のお寺であるが、
350年ほど前は、天台宗であったらしい。
神宮寺の住職で甲佐神社とつながっていく。
ならば、お参りをしなければなるまい。

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ジャスミンを連れて石段を上ると拝殿が見える。


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丁度おばあちゃんたちがお参り中。
にこやかに、そして和やかなお参りである。

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その姿を見ていると自然と笑みが漏れる。
優しいまなざしなのである。

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甲佐神社を出て上揚墓地へ。

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甲佐神社から500mほど離れた山すそに古い墓地がある。
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甲佐神社の墓地?そして神宮寺住職の墓地である。


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現在残っているのは数基である。
ここにも忘れずにお参りをしなければなるまい。


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by shin0710s | 2018-01-07 21:40 | 神社 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s