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台風来る。

終日の雨。
台風24号が近づき、通過するとの予報で
戸締りをきちんとし、風雨を眺めつつ過ごす一日となる。


外の木々は少し揺れている。
台風接近の予報が出ているため国道を通る車も少ない。


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本堂の屋根を打つ雨も時折強くなる。



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今回も本県は直接上陸ということにはならなかった。
それでも、いつ来襲してもおかしくない状況である。


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今日は、2階の部屋でジャスミンと一緒に過ごす。
晴耕雨読の言葉のとおり、今日はもってこいの日であるが、
本を読むのがちょっと辛い。
文字が小さすぎると言い訳している。
その点新しくパソコンのモニターを大きくしたので目が疲れなくて
いい。


by shin0710s | 2018-09-30 20:31 | その他 | Trackback

出番が多すぎる?

白秋家で一番ちびで毛並みが美しいのは?
ジャスミンである。
だから写真写りがいい。
というのでどうしても出番が多くなる。

部屋の中にいても甘えた顔で見つめている。


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散歩に出かけたら、ふさふさの尻尾が夕陽を受けて輝く。



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同じレッドのショウよりも目立ってしまう。



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チョコ太と並んでいてもちびなのでつい一緒に撮ってしまう。



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甘え上手で、世渡り上手なのかもしれない。



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「何か言いましたか?」
いやいや、ジャスミンが可愛いって言ったんだよ。

by shin0710s | 2018-09-29 20:50 | ワン公 | Trackback

初参式の縁に会う。


「天人ともに 仰ぎみる  阿弥陀ほとけの 尊しや」
「らいはいのうた」である。私が最初に覚えた十二礼の意訳お経である。
このお経をあげ始めたのは小学校に入る前?かな。
いつの間にか覚えていた。

今日は、正法寺本堂で『初参式(初参式)』が行われた。
子の初参式に先立って年忌法要が行われ、正信偈をあげる。



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そして、初参式。
初参式とは、生まれた赤ちゃんが初めてお寺参りをすることである。
尊いご縁によって恵まれた新しいいのち。
阿弥陀如来の御前にて、ご家族、また縁ある方々がご一緒に誕生をお祝いし、感謝する法要である。
きょうは、曾祖母、祖母、親、子の四代が集うての法要となる。

住職からのお祝い。お念珠、そして門徒式章が渡される。


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代わりにお母さんが受け取る。


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さて幼子の姿は?


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親子ともどもとてもいい笑顔。


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ご本尊の前に、三人の幼子が並んでいる。
笑顔いっぱいで。


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そしておつとめ。
今日は讃仏偈をみんなでおあげする。


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そしてお焼香。


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おつとめが終わり、住職からのお祝いの言葉。


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初めてお寺にお参りする初参式は、子にとって初めての仏縁であり、同時に親にとっても、
親として生きる出発点となり、子によっていただいた尊い仏縁でもある。
本日は、清々しい秋のひと時、恵まれたいのちを阿弥陀如来さまの前で、
ご家族、またご縁のある方々とそろって喜び合うことが出来たように思う。


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by shin0710s | 2018-09-28 20:26 | | Trackback

ワン公との暮らし

午後4時。
ジャスミンがずっと上目遣いで見つめている。
そろそろ時間じゃないですか?


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散歩の催促である。
晴天でもあるし、一日中家の中にいたので退屈なのである。
さあて、出かけるかな。


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日が落ちるまで1時間半くらい。
散歩をするにはもってこいの時間である。
ものの本によると、最強の幸せホルモンであるオキシトシンが
ワン公と一緒に過ごすとどっと出るそうである。


何時のも散歩道は、車は進入禁止であり、人や車が来ることはほとんどない。
そして直線道路である。
リードを外して好きなように走り回らせる。


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季節は秋、雑草が生い茂っているがそこが楽しいワン公である。


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土手を上ったり下りたりと忙しい。



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ジャスミン、満足したかな、今日の散歩は。



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by shin0710s | 2018-09-27 20:33 | ワン公 | Trackback

法話を聞く。

午後5時、ワン公と散歩に出かける。
秋らしい風が吹いている。



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散歩が本当に気持ちよくなってきた。

今日は、ある法話が耳に残っていたのでそれを転載する。


「年はとりたくないねぇ~」
日々、お参りに伺う中でよく聞くフレーズです。
人間の細胞は20歳を超えたら段々と減っていくそうです。ですから20歳を超えたら、年をとるということは
「今までできたことが、今まで通りにできなくなる」ということです。そりゃ、年をとることは誰もが嫌なはずです。
しかし、和田稠(わだしげし・僧侶)はこう申します。
『老いにも功徳がある。若い時は、あれもしたい、これもしたい、あれもできるはずだとウロウロしている。
しかし、老いることによっていろいろなことを次から次と断念させられていく。
だからこそ、はじめてこれだけは私にとって断念することができないという一番根本の願いがはっきりしてくる。』
年を重ねることによって私が本当にやりたいこと、本当の願いがはっきりしてくることが老いの功徳であると言うのです。

曽我量深(そがりょうじん・僧侶)は、81歳の誕生日の時にこんな挨拶をされました。
『初めて81歳になりました。今までわからなかったことが、わかるような気がしています。』
81歳の誕生日は81年かけなければ迎えることができない、初めて経験する81歳の誕生日です。
もっと言えば、毎日が初めて迎える今日一日であるのです。
そして、81年の歳月をかけたからこそ、わかってくることがあるのではないかと言うのです。
目が見えにくくなったからこそ、見えてくる世界があり、
耳が遠くなったからこそ、聞こえてくる世界がある。
年を重ねたからこそ、感じられる世界があるはずです。


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老いの功徳、病気の功徳、失意の功徳があるはずと言えるのは凄いことである。
不平は言っても、そこに功徳を見出すことはそう簡単にできることではない。

そう思いながらワン公と今日も散歩している。


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by shin0710s | 2018-09-25 20:41 | | Trackback
樹木希林さんの言葉が心に残っている。
「人間は自分の不自由さに仕えて、成熟している」
の言葉である。



今年は、多くの場所で彼岸花を見ることが出来た。


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毎年この季節になると忘れることなくその姿を見せてくれる。
その姿は、田んぼの道端や道路の端。また人の手により、道路に沿って
見栄えがいいように並んでいる。



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今年は、八女福島八幡宮の境内に紅白の彼岸花が見事に咲いていた。




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ところで彼岸花の別名は余り芳しいものではない。
・死人花 【しびとばな】
・地獄花 【じごくばな】
・幽霊花 【ゆうれいばな】
・毒花 【どくばな】
・痺れ花 【しびればな】
・天蓋花 【てんがいばな】
・狐の松明 【きつねのたいまつ】
・狐花 【きつねばな】
・曼殊沙華【まんじゅしゃげ】

なぜこのような名前が付けられたのだろうか。
彼岸花には毒があるのでモグラなどを墓地に近づけさせないように植えられたというものがあるらしい。
このため「墓地」のイメージから死人花や幽霊花などの別名がついたと思われる。 また彼岸花には毒がある。
そのことから毒花、痺れ花という別名がついているようである。


ただ曼殊沙華の別名は、仏教で伝説上の天の花でもある。サンスクリット語 majūṣakaの音写。
純白で,見る者の悪業を払うといわれ,天人が雨のように降らすという。

ところで、彼岸花の毒はアルカロイドという毒で、水にさらして取り除くことが出来る。
毒を取り除いた彼岸花は飢饉や災害時などに使われる代用食物として救荒食(きゅうこうしょく)にもなっている。



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こうしてみると彼岸花の別名は、人間の生活の日々の生活の中から生まれてきたものであることがよくわかる。


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さて樹木希林さんの言葉は、以下の言葉からその意味を知ることが出来る。

樹木希林さん「難の多い人生は、ありがたい」から


石井 私が取材したいと思ったのは、映画『神宮希林』のなかで、夫・内田裕也さんについて「ああいう御しがたい存在は自分を映す鏡になる」
と話していたからなんです。これは不登校にも通じる話だな、と。
樹木 あの話はお釈迦さんがそう言ってたんです。お釈迦さんの弟子でダイバダッタという人がいます。
でも、この人がお釈迦さんの邪魔ばっかりする、というか、お釈迦さんの命さえ狙ったりする。
お釈迦さんもこれにはそうとう悩んだらしいですが、ある日、「ダイバダッタは自分が悟りを得るために難を与えてくれる存在なんだ」と悟るんです。
私は「なんで夫と別れないの」とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。
ありがたいというのは漢字で書くと「有難い」、難が有る、と書きます。
人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか。
今日、みなさんから話を聞きたいと思っていただけたのは、私がたくさんのダイバダッタに出会ってきたからだと思います。
もちろん私自身がダイバダッタだったときもあります。
ダイバダッタに出会う、あるいは自分がそうなってしまう、そういう難の多い人生を卑屈になるのではなく受けとめ方を変える。
自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在を師として先生として受けとめる。
受けとめ方を変えることで、すばらしいものに見えてくるんじゃないでしょうか。
病気になって年を取って。

石井 そう思うきっかけはなにかあったのでしょうか?

樹木 やっぱりがんになったのは大きかった気がします。ただ、この年になると、がんだけじゃなくていろんな病気にかかりますし、不自由になります。
腰が重くなって、目がかすんで針に糸も通らなくなっていく。
でもね、それでいいの。こうやって人間は自分の不自由さに仕えて成熟していくんです。
若くても不自由なことはたくさんあると思います。
それは自分のことだけではなく、他人だったり、ときにはわが子だったりもします。
でも、その不自由さを何とかしようとするんじゃなくて、不自由なまま、おもしろがっていく。
それが大事なんじゃないかと思うんです。





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田圃のあぜ道に咲く彼岸花も社寺の境内に咲く彼岸花もその姿は美しい。
場所を選ばず、不自由さがあってもその場所で見事に花を咲かせている。
まさに「曼殊沙華」である。


by shin0710s | 2018-09-24 18:45 | ことば | Trackback

里山ウオーキング。

朝から涼しくて秋らしい日となる。
本日は、「栗拾いと免の山探訪」ということで里山ウオーキングの日。
ウオーキングをするにはもってこいの一日。
老若男女31名の参加。
8歳の子どもから86歳のお年寄りまでが2時間余りのウオーキングである。

まずは開会式。


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それが終わり、
午前9時出発。


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彼岸花が咲き乱れる道を歩く。
稲穂も実りの秋を前に重く垂れている。

子どもたちの声が心地いい。
木下利玄 の歌で 『子供等は列をはみ出しわき見をしさざめきやめずひきいられてゆく』
子があるが、その姿を見ているだけでうれしくなる。



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軍人墓地の横を抜け、里山の道を歩く。


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9時30分、栗山に到着。


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持ち主のお話を聞き、早速栗拾い。


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イガの中から姿を見せた栗の姿が秋を感じさせる。


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栗拾いに集中し、会話も少ない?


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ほらこんなに取れたよ、の笑顔が広がっている。


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10時にはみんなの袋が栗でいっぱいになる。



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ここで栗拾いは終了し、少し休憩。

10時10分、免の山に向かって出発。
少し上り坂。


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通称は免の山であるが、正しくは、「陣の内館跡」の入り口に到着。

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そこから少し遠回りになるが本町を眺める場所に進む。


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自分の足で歩いてきたからこそ、味わえる眺めである。
甲佐町が眼下に広がる。


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九州山脈を遠く眺めながら下る。


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11時到着。
約2時間の里山ウオーキングであった。
ちなみに万歩計は、7500歩余り。
途中から日差しが強くなり、汗もずいぶんかいてしまった。
それでもその汗が心地いい。



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会食となり、弁当をみんなで美味しくいただく。

by shin0710s | 2018-09-23 19:31 | スポーツ | Trackback

八女福島八幡宮へ。

晴天に恵まれる。
ならば少し遠出して八女市へ。

本日は八女福島八幡宮の放生会。


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北部に八女丘陵と、南部の矢部川にはぐくまれた八女市。
歴史の残る建物が多く、本町にある「福島八女八幡宮」もそのひとつ。
9中旬には、3日間にわたり『八女福島燈篭人形(からくり人形芝居)』が奉納される場所だ。
260年以上の歴史を持つ放生会は、国指定重要無形民俗文化財に指定される。
メディアにも注目され、ここでしか見られない希少な人形芸を披露する事で知られている。
釘やかすがいを1本も使う事なく組み立てられた屋台は、主に三層構造となっており、一層で下遣い、二層で横遣いの人形を操作。
最上の三層で唄や三味線、太鼓、鼓などのお囃子が、見事なまでの「生演奏」を行う。


拝殿では、八女福島燈篭人形(からくり人形芝居)の後見人となる子どもたちが
羽織袴装束でお参りを終え並んでいる。


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午後1時半、第1回目の公演が行われる。



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熊本県北部の温泉地「山鹿」の中心に位置する大宮神社から、
奉納燈籠を受け取り、江戸時代半ばに
福島町民がオリジナリティーをくわえて人形の燈籠を奉納したのが
八女福島の燈籠人形の起こりになります。
当時、大阪方面では、人形浄瑠璃が流行っていたので
その技術を取り入れて現在の形となりました。


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演目は「吉野山狐忠信初音之鼓」。
見ているだけでは、どのような内容なのかわからない。
その筋立ては、

壇ノ浦で平家滅亡の大きな手柄をたてた源九郎判官義経は、
朝廷から、兄頼朝よりともを追いかけて討ち取れとの命令を受け、
初音之鼓はつねのつづみを受け取りました。
やむを得ず鼓を受け取った義経は、
一生この鼓を打つまいと決心しました。
しかし、疑いぶかい頼朝は、
義経を追って捕らえるための兵をさしむけます。
義経は追っ手から逃げるため、大和国吉野山中に隠れました。
彼を慕う静御前しずかごぜんは、
義経の家臣「佐藤忠信」に守られて、
吉野の山奥に義経に逢いに来ます。
ところが、そこにはもうひとり忠信がいました。
義経は、静御前に
どちらが本当の忠信か、見分けるよういいました。
そして、静御前は、
義経から初音之鼓を受け取り、小鼓を打ちました。
すると、静に付き添ってきた忠信が、
親狐の皮で張られた鼓の音を聞いて
その親狐を慕う子狐であることがわかり、
子狐が忠信に化けて、静を守っていたことを知りました。
その孝心にうたれた義経は
源九郎の名を添えて、
狐忠信に初音之鼓を与えました。



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最後の場面は、狐が跳ねる。


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そして狐が跳ね、外に飛び出していく。


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今年は晴天に恵まれ、270年の伝統芸能を楽しむことが出来た。
来年も来たいものである。できれば夜の部を楽しみたい。

by shin0710s | 2018-09-22 20:43 | 祭り | Trackback

この白い花は何?

ワン公と散歩の途中で出会った花である。
小さな花をたくさんつけてあたりが真っ白になる。


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十年以上この道を散歩しているが気づくことがなかった。
ネットで調べてみると「タラの木の花」。



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山菜の王様であるタラノ木。
来年の春が待ち遠しい。
タラの芽をてんぷらにして食べたいな


花より散歩は、ワン公たち。


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チョコ太が一番。
そしてチョコマミー。





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一番後ろは、ショウ。
仕方ないな、もう年寄りになったのだから。



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by shin0710s | 2018-09-21 18:23 | | Trackback

ワン公と一緒に散歩へ。

雨が降らなければ、散歩が日課である。
4匹を連れて夕暮れ散歩へ。

ワン公がいなかったら、今日は疲れたから散歩は中止
とすぐなるのだけど、散歩が大好きなワン公のため
そして自分の健康のため汗をかきつつ歩く。

今日は、クレアに出かけ1階から2階と健康散歩。
それも2度繰り返したので朝からの総歩数が、1万歩到達できた。

もう十分なんだけど、ワン公が待っている。
そこでいつものように散歩へ。


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カメラを持っての散歩。


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花を撮ろうとするとすぐに邪魔をする。


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ショウを撮ってやろう。
群れのリーダーだったけれど、白髪のおじいさんになっている。


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体も痩せてきている。
まだ、散歩に行きたがるので大丈夫のはず。


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こちらはジャスミン。
4歳かな。


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今日は本当によく歩いた。
涼しくなっているので汗は出るものの疲れはそれほどでもない。



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by shin0710s | 2018-09-20 17:52 | ワン公 | Trackback

ビーグル1匹、ダックス5匹の愛犬と猫2匹の動物たち。周囲約7kmの世界で見聞したことを日記風に書いています。


by shin0710s